投稿が続かなくなった理由
最近noteに来ることもぱったりなくなった。昨年ちょっとだけ意識していた毎日更新も続かず、頻度(≒ハードル)を下げ毎週更新にしたもののそれも続かなかった。
ちょっとしたきっかけで覗く機会があったので、ついでにこんなタイトルで残しておこうかなと思った。
題に対する答えは、”目的の誤認”にあったと思う。
もともとnoteの毎日更新を始めたきっかけを振り返ってみた。”発信力を上げる”ということが一番大きなきっかけであったと振り返る。
誰かの”毎日更新もしない人の記事なんて誰が読むのか”という言葉を受けて、”あ、誰かに読まれるためには毎日更新しないといけないのか”というところがつながり、毎日投稿する流れだった、と記憶している。
誰かに見てもらいたい、という承認欲求こそ、自分のモチベーションなんだと思っていた。
ところがこの思考プロセスには2点問題があった。それは、① 発信頻度を上げることは発信力を上げることに必ずしもつながらない、② 自分軸のモチベーションで動けないと私は動けない人である、ということである。
①について。 発信力が高い人、というのは、いわゆる著名人である(と僕は考える)。Twitterのフォロワーが多く、その人の意見は広く世間に出回っているようなそんな印象である。
だがその人が著名人になる過程で、発信頻度を高めていたことだけが要因となったとは考えにくい。むしろもっと別の要素(自身が取り組む分野で突出すべき成果を出す、等)が大きいのではないか、そう考えるようになった。
そして②について。他人に自身のモチベーションをゆだねることは不安定なことである。自身の頑張りを自身の力のみでコントロールできなくなる、ということだから。
もうちょっと長く書きたい気持ちもあるけどこの辺で抑えることに。とにかくこの辺りを考え出すと同時に、頻度を上げる行為自体に意味を見出せなくなっていったのかなぁ、なんてことを考えたのでした。
シンプルに自分の思考のデータベースとして今後noteは使っていこうかな、と思う(noteというサービスがいつまで続くかわからないけど、まぁしばらく大丈夫でしょう)。
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