「亡匿する。又の名を、」日芸祭2023‐ニ日目(11/4) 上演台本

人物(※付は音声のみ)

樋門 健汰(ひかど けんた) / ジョージア次郎
左抜 花恋(さぬき かれん) / のうどん
※車掌 
※モブ1~5
※左抜母
※左抜友A、B

脚本

客入れ時、電車内のざわざわ音。
左抜が先に現れ、遅れて樋門が電車内に入ってくる。樋門はこの時点で既に仮面を付けている。

暗転。

車掌(音声) ただいま、当車両で人身事故が発生したため、この電車は運転を停止しております。現在も、現地の状況を確認中です。恐れ入りますが、運転再開までしばらくお待ちください。ご理解、ご協力をお願いいたします。

舞台全体が明るくなっていく

モブ1(音声)  人身事故?

モブ2 (音声) バイト間に合わないじゃん!

モブ3 (音声) 遅刻確定。

  左抜   ……めんどいから今日は学校行かなくてもいいかなあ

モブ4(音声)  また?

モブ5(音声)  最近多くない?

  左抜   ………

左抜、仮面を付ける。以下の台詞は、X(旧Twitter)でのポスト(旧ツイート)のようなものである。

   左抜  やっぱり高校卒業できない気がしてきた

  樋門  のうどんさんまたなんかやらかした?

  左抜  またって言うのやめてよ〜! 今日は学校行こうとしただけまだ…….

  樋門  学校行こうとしてえらい!

  左抜  じろさんめっちゃ優しい〜。インターネットでずっと生きてたい

  樋門  わかる〜

  左抜  だよね。あ、そうだ! せっかく外出たし、アイスでも買っていこうかな、この間じろさんが投稿してたやつ

  樋門  新発売のいちごのやつ?

  左抜  それ!  コンビニなら帰り道あるし……

     左抜、突然、意気消沈し、

   左抜  ……やっぱ、やめようかな、たぶん家に食べてないアイスあった気がする、覚えてない、けど。急に憂鬱……なんとなく消えたくなってきた

  樋門  のうどんさん、僕で良ければ話聞こうか

  左抜  あ、あぁ……ごめんなさい、私またタイムラインに鬱発言、流すところでした

  樋門  気にしないでいいよ

  左抜  ……私は多分、ほんとはつらくなくて……だってほら、もっとつらい人は沢山いるし

  樋門  のうどんさんは、他人のことを気にしすぎだと思うんだ。

  左抜  だって、私は普通に幸せなはずなんです。私は、たぶん、普通の人と同じく、普通の暮らしをしていて、別に、学校でいじめられているわけでもないし、両親も、お姉ちゃんも優しいし、友だちも、私の体調が悪い時は気遣ってくれるし、休んだ次の日は心配してくれるし、先生たちも、よく話を聞いてくれたり、気にしてくれて、私は、普通に幸せなはずなんです。けど……

  樋門  けど?

  左抜  私、生きるのに向いてないんですよね。つらいことばっかり考えて、たまに、元気な時だけ学校に行って、何もしたくないって思ってるだけで、毎日が終わる

  樋門  大丈夫。

樋門、左抜の方へ歩いていって彼女の前に。左抜、仮面を外す。

  左抜  え?

  樋門  僕なら君の力になれる

 左抜、椅子から立ち上がって樋門と距離をとる

  左抜  え、な、なんですか。

  樋門  こんにちは

  左抜  え、あの……あ、あなた、誰…ですか

  樋門  あれ、わからない? 「のうどん」さんなら、わかってくれると思ってたんだけどな

  左抜  な、なんでその名前知ってるんですか。ス、ストーカーか何かですか?

  樋門  え?! 違うよ! 僕は、「ジョージア次郎」だよ

  左抜  ジョージア次郎……? え、あ、じろさん?

  樋門  そう。僕がじろさん。初めまして、左抜さん。左抜 花恋さん

 左抜、樋門と距離をとる

   左抜  な、なんで私の名前……現実で会ったことないですよね?やっぱりストーカー?

  樋門  あ、違う。ストーカーじゃない。信じてくれ。僕は君みたいな死にたい人をたくさん救ってきた。僕は僕が此処に来てから君みたいな、生きる希望を失った人を探して、調べて、会って話して、救ってる。僕は君も助けたい。

  左抜  助ける?  私をですか

  樋門  ああ。

  左抜  そう、ですか、えっと、頭が混乱してきた、その、まず、ここってどこなんですか

  樋門  ここ? ああ、「此処」は、生きている人の世界でも、死んでいる人の世界でもない、その中間。

  左抜  え……?

  樋門  君は現実世界で肉体と魂の結びつきが不安定になって、魂だけが浮かんだまま、だから、僕が「此処」に引き留めた。

  左抜  引き留めた、って、 そもそも、なんで私はそんな状態になってるんですか?

  樋門  君の死にたいって気持ちがそうさせた。おそらく

  左抜  おそらくって

  樋門  僕も気づいたら「此処」に来ていたからね。正しい仕組みなんてわからない

  左抜  じろさんは、どうして此処に?

  樋門  ……記憶があやふやだからはっきりと覚えてないけど、だいぶ昔に、僕は自殺した

  左抜  あー……えっと、つまり、幽霊的な、そういう感じ……?

  樋門  そうかもしれない。僕は、どういうわけか死に切れてないからね

  左抜  質問攻めでごめんなさい。幽霊になってどうやってSNSとかを、

  樋門  説明が難しいんだけど、「気」をね、うまいことやると、

  左抜  「気」?

  樋門  こう……自分の思考を集中させて、目を瞑って、瞼の裏にタイムラインを思い浮かべて……あ、僕の体はたぶんもう無いから、イメージね、あくまで。

  左抜  はあ

  樋門  そうすると、生きている人の世界の、現実のインターネットが生きてた時みたいに、見えてくる。投稿できるし、DMもできるし、いいねも出来る。

  左抜  へ、へー……

  樋門  わかってくれたかな……?

  左抜  いや全然

  樋門 (肩を落とし)そっかぁ……

  左抜  あ、で、でもなんかそういうインターネット上のものにも出れるものなんですね、幽霊って。なんか想像と違った

  樋門  僕が特殊なのかも。生きてるときから、インターネットしか居場所無かったし、地縛霊みたいな感じなんだと思う

  左抜  へえ。インターネットの地縛霊ですか

  樋門  なんか嫌だな、言われるとより嫌だ

  左抜  私も死んだらそうなりそう

  樋門  大丈夫。まだ間に合う

  左抜  まだ……?

  樋門  君が死を選べばそのまま。でも君が生きることを選べば、運命は変わる。

  左抜  あの、私

  樋門  僕なら君を救える。左抜さん、君の話を聞かせてほしい。君は、死にたくて此処に行き着いたんだろう。僕は君の全部を知ってる。いや、調べた。けど、僕が知ってるだけじゃ意味がないんだ。君の死にたい理由を、君から教えてほしい。君の助けになりたいんだ。

  左抜  ……気持ち悪いですね

  樋門  え、

  左抜  私、私が本当に死にたいかどうかすらわからないんです。つらいし、死にたいって、 いっつも考えてるけど、私は、やっぱり、生きなくちゃいけないのかも、って

  樋門  そうか……

  左抜  あの、 此処にいる間って私の体はどうなってるんですか?

  樋門  君の体は、わかりやすく言うと寝てる状態だよ。今のところ。

  左抜  今のところ? どういうことですか?

  樋門  さっきも言った通り、君の魂は僕と同じところにある。それはつまり、君は死んでもいないし、生きてもいない。だから、死を選べば、君の体もそのまま……ってわけ。ここの時間の流れは不安定だから、君に意識がない時間は、あっちで言ったらものの数分だ。

  左抜  じゃあ……此処で悩んでてもいいですか

  樋門  此処は生きている人間にとってはそんないい場所じゃないよ。ずっといたら、死んでしまう

  左抜  私が生きたいって思わなきゃ、死ぬんですか

  樋門  まぁそうなるね 

  左抜  ……だったら、もう駄目ですね。私は戻れないと思います

  樋門  なんでさ

  左抜  だってずっと考えてきたんです、でも

  樋門  僕に何か話してくれれば変わるかもしれない。これまで僕は何人も救ってきたんだから、もうプロだよ

  左抜  本当に私を救いたいなら、私を殺してくれません?

  樋門  それは駄目だ

  左抜  ……冗談ですよ。じろさんは、どうやって死んだのか知りませんけど、自殺したなら、少しは私の気持ちも分かるんじゃないんですか

  樋門  僕は、僕が自殺したから、他の人の自殺を止めてるんだ。

  左抜   ……自殺することって、すごく勇気がいることだと思います。だから、私は死ねないんです。私は毎晩、私が寝ている間に誰かがそっと首を絞めて殺してくれないかって思ってます。

  樋門  わかるよ

  左抜  ごめんなさい。ほんと、私、自己中なことしか言ってないですね

  樋門  ……いいんだよ、全然。頼んだのは僕の方だ、君の言いたいことを言ってくれ

  左抜  ……一回、いや、何回か、しかるべきところに相談しようと思ったんです。けど駄目でした。予約を取るのも自分の中でハードルが高くて、いざスクールカウンセラーの人の前でこう、喋ろうとしても、喋れなくなっちゃって。そうなると、初回だって行くのが大変だったのに、次からもっと行けなくなっちゃって。人に、上手く話せなくって。仲良くしてくれる子たちの前でも適当にヘラヘラしてるしかないんです。一番つらくて、話せるかもしれないときにいのちの電話は繋がらないし。自殺したいって思ってはいるけど、実際どうなっちゃうんだろうって思って、ぜんぶ私が悪いのに、親とか、先生とか、みんなが悪者になっちゃいそう

  樋門  左抜さん、君は全然悪くないよ。

  左抜  適当なこと言わないでください

  樋門  本気だ。君は人を思いやれる立派な人間だし、君は君の周りの人と違うかもしれな いけど、君なりに、必死に生きようとしてる 

  左抜  ……私が?

  樋門  ああ。

  左抜  生きようとしてるのかな、

  樋門  もちろん。

  左抜  ………

  樋門  ……あと、それにやっぱり自殺は良くない。君のご両親もお姉さんもお友達も悲しむ。僕には分かるよ、君が本当は死ぬ気じゃないし、生きたいってこと。

  左抜  ……今まで、自殺、止めてきたんですよね

  樋門  そうだよ

  左抜  ……全員助けられたんですか?

  樋門  あぁそうさ! 当たり前だよ。

  左抜  全員、今もちゃんと生きてるんですか?

  樋門  そりゃあもう!きっとみんな幸せだよ!

  左抜  そう……ですか。その人たちは、どうして死のうと思ったんですか?

  樋門  まぁ、人それぞれだけど、借金で首が回らなくなったり、愛する人に浮気されて捨てられ心に深い傷を負ったり、虐待されて育って心が限界になってしまったりとか、かな

  左抜  じろさんは、どうなんですか

  樋門  僕?

  左抜  何が原因で死んだんですか

  樋門  初めてそんなことを聞かれた。僕……僕は……、ただ漠然と死にたかった。だから、死にたくて……死にたくて、死んではずだ。それで結局

車掌(音声)  4番線に品川行きが到着いたします。黄色い線まで下がって…….(ノイズ混じり)

  樋門  正直、あまりよく思い出せないんだ。死んだ時のことも、生きてた時のことも

  左抜  自殺って、電車に飛び込んだんですか

  樋門  そう、だったかも。(仮面を外す)電車。僕は死にたいってずっと思ってた。それだけは確かにそうなんだ。けど、

電話の音。3コール目で樋門が出る。

  樋門  はい。樋門です。あ、お疲れ様です、はい、今日ですか、いえ大丈夫です、はい、かしこまりました……電車が来るから、電車に乗るときは、気を付けなきゃいけない。って、思ったんだ。 昔、小さい頃に、電車とホームの間の、そこに、ゲームを落として、父さんに怒られた。ずっと覚えてる。だから、足を踏み入れるときは注意して、そこを、越えて、

 樋門が持っていたスマホを落とし、同時にけたたましい警笛の音が鳴る。照明がかなり眩しく光る。
樋門、倒れる。
暗転

  左抜  じろさん!? じろさん!!

  左抜  なんにもみえないし、さわれない、きこえない。 此処、不安定って言ってたし……行き場を失った精神はどこに行くんだろ。じろさん、自殺を止めるためだけに此処にいるんだ。私、此処にいたら、だんだん、なんにもなくなっていきそうな気がする

左抜母(音声) 花恋、大丈夫?

  左抜  ……大丈夫じゃないよ

左抜友A(音声) 花恋ちゃんって、大人びてて、真面目で、本当に良い子だよね

  左抜  全然真面目じゃないし、いい子じゃないよ

左抜友B(音声) なにかあったら言ってね!

  左抜  なんにもないよ、なんにもない。私は、なんにも言えない。 だから、私は……

左抜、スマホの電源を入れる

   左抜  じろさんの本名、全然次郎じゃなかったよね。数年前ぐらいだったら全然記事とか残ってるはず……あった……やっぱり、名前覚えてると探すのに便利だね

 樋門スポットライト、次第に明るくなる

   樋門  ネットニュースで自分が死んだことを知った。自分が自殺したという事実はまったく受け入れられなかった。生きているときの記憶は薄っぺらい。ただただ同じ風景が続いて、時間の感覚も、あるようで無くなっていく。 生きたいも、死にたいも、なにも、無かった。 自分が死んだことだけ、はっきりと覚えている

 左抜が話しかけたあたりで舞台全体もだんだん明るく。樋門、仮面を付ける。

   左抜  ……どうですか

  樋門  どうですかって、

  左抜  精神がバラバラになるってどういう感じなのかなって

  樋門  感じることも何もできない。 じっとしてるだけ。しかしよく僕を見つけたね

  左抜  一回ネットに流れたものは消えませんよ

  樋門  本当に嫌な話だ。自殺したことだけ、樋門健太の名前が残ってる。 

  左抜  あなたが自殺を止めたいのも、そういう理由ですか。……私は、まだ死にたいです。生きたいとも思えないし、私みたいな人間が将来上手くいくとも全く思えない。

  樋門  そっかぁ……僕はプロだと思ってたんだけどなぁ

  左抜  けど私が死にたい理由は分かりました。私の周りが悪いです。

  樋門  お、だいぶ極論だね

  左抜  いま私が現実に戻ったところで、私の現実の状況は一切変わってないんです。ただ、私が嫌いなものははっきりしました。……あなたみたいな善人の面を被った人間が、一番嫌いです。偽善です

  樋門  え? 偽善? いきなり手厳しすぎやしないか

  左抜  私は、生きようと思います。あなたの望み通りになるのは凄く癪なんですけど

  樋門  ああうんそれは、よかった

  左抜  それで、これからもたまに来ます。

  樋門  ……えっ?

  左抜  これから一生、私が死にたいって思わなくなるわけないじゃないですか。私の周りも変わんないし、私が死にたいって言えるところなんて限られてるんですよ。

  樋門  いやまあ、そりゃそう、なんだけど……

  左抜  自殺、止めたいんですよね

  樋門  はい……

  左抜  じゃあそういうことです

  樋門  そういうこと?  そういうことかあ……

  左抜  人間がそう易々と変わる訳ないですよ。これからもフォロー外さないでくださいね

車掌(音声) まもなく、池袋、池袋。お出口は右側です。

  左抜  なんだ普通に着くんじゃん

樋門、ずっとスマホを見ている。左抜、電車を出る。
電話の音、2コールほど。
左抜、ハケつつ電話に出る。

  左抜   もしもし、左抜です。今日は、たぶん四時間目には間に合うと思います。はい! それじゃあ、また後で、

暗転。

客出し時、電車のざわざわ音。


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