魔法人形は、異世界で少女の夢を視る。/十六

【人形のユメ】

 午前五時三十分に時計を見たのが記憶の終点。
 部屋の前のインターホンが連打されている。もうどれくらい鳴らされているのか見当もつかない。
 同時にマナーモードのスマホが振動で机の上を移動し、落下し、床を震わせて歩いていた。

 秘密部屋の机にもたれかかるように寝ていた彼女は大欠伸で、ドールハウス内の時計を見るために眼鏡をかけた。

 午前十時を少し超えていた。

 床を歩き疲れたスマホの電力残量は三パーセント。
 日付と時間が表示され、スケジュール帳にスワイプすると、

 着信六五件。全部一人の人物による。
 束縛趣向の恋人でも持った気分だ。顔も洗わず髪も整えず、ルームウェアのままで玄関の鍵とチェーンロックと外す。

 小柄な少女が飛び込んで、飛びついたことで低血圧な彼女は廊下に押し倒されて、頭を打つ。
 少女は、約束の時間を三時間前倒しにしたことにも、スミレを押し倒したことにも悪びれることはない。
 ぺろりと舌を出すだけだ。

 少女の姉が代わりに丁寧に頭を下げた。背中にリュック。ショルダーバッグにトートバッグ。荷物満載だ。
 勝手知ったる他人の家。

 少女は大ぶりのバスケットを抱えてリビングに走り、二人もそれを追う。

 彼女は二人の来客に任せて、シャワーを浴びて目を覚ます。
 温めの湯に浸かって二十分ほど過ぎると、堪えきれなくなった少女が生まれたての姿で浴室と湯船に闖入する。
 湯をかけ合ったり、沈め合ったり。

 三十分を遊んで上がった頃には、少女の姉が朝食の準備や、家の片づけを終わらせていた。

 三人で食べて、寛いで。
 少女の姉が色々と気を回してくれている。

 時刻は午後一時。約束の時間だと息巻く少女に、スミレは溜息交じりに苦笑いを浮かべる。 
 
 満を持してバスケットを開いた少女は、自慢のビスクドールを抱き上げた。
 姉が用意した荷物には、ビスクドール用の衣装や小物。
 組み立て式のドールハウスとそのパーツがぎっしり詰まっていて、いそいそと組み立て始めた。

 少女も無邪気な表情を一転させて、真剣な面持ちでドールハウスのセッティングを行う。
 A4スケッチブックに鉛筆で描かれた精緻なイメージデッサンをもとに、背景を三次現上に再現していった。

 スミレも二人の様子を受けて、秘密部屋から彼女の娘たちを連れてくる。
 彼女は一眼レフの調整を始めた。

 三ヶ月も前から予定していた本格撮影会。兼女子会。
 企画者は当然、少女だ。
 手先が器用な姉は、まるで侍女のように甲斐甲斐しく妹の世話を焼く。
 服飾系専門学校の卒業生らしく、人形用のドレスや小物を縫製するだけの技術を有している。
 妹であるところの少女は絵のデッサンに長けているので姉妹で仲良く同じ趣味に興じることができている。
 それ以前に仲の良い姉妹であり、現在はスミレを交えて三人での趣味活動を実施するサークルのような有様だった。

 散々に写真を撮って、動画を撮って。
 サークル用のブログにアップする。

 昼食をスキップしてのお昼のティータイム。
 夕食を兼ねた遅め昼食。

 準備は少女の姉の担当で、スミレの担当は少女の遊び相手だった。
 食事と、片付け。
 外は暗くなって、休日が終わる。
 
 スミレは二人をマンションのエントランスまで見送る。
 スミレの部屋では物怖じしない少女も、別れ際はいつも大人しい。
 お嬢様然と微笑を浮かべて、スカートの裾を持ってのご挨拶。

 スミレが頭をぽんぽんと撫でると、取り繕えなくなって飛びつく。
 ぎゅっと抱きしめていても、頭の良い少女は駄々などこねない。
 スミレの躰が壊れるほどにハグして、またね、とあっさり離れて迎えの車に乗り込む。

 発車後すぐにスマホを鳴らす着信音。
 話しながら互いの帰路に着きながら、休日は過ぎていく。

 また一週間、仕事仕事で疲労とストレス過多の日々が始まる。
 スミレは電話口で楽しげに話し続ける少女に対してぞんざいな答えを返しながら、気持ちが強くなっていくのを感じていた。

 スミレに比べればまだ半分くらいの少女。
 友人であり、親友であり、妹のようでもあり、姪っ子のようでもあり。
 結婚も出産も経験していないが、どこか娘がいたらあんな風なのかと妄想して、可笑しくなってしまう。
 行動力があって、賢くて、意思が強くて、ヤキモチ焼きで、束縛気味。
 ある意味、年下の恋人ができたようにも感じてしまう。

 それも妄想。

 決して叶わないであろう、彼女の幻想だ。

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