短文「わたしだけのアームストロング」


 チックタック、チックタック。

 ペンギンのおなかに埋めこまれた時計が、秒針を歩ませつづけていた。

 アームストロング。
 わたしが小さいときから一緒にいる、ペンギン型の目覚まし時計。
 わたしはカレを、アームストロング、と呼びつづけていた。

 カレと、はじめて会ったのは、わたしが7歳のときだった。
 わたしが7歳のクリスマスイブの日だった、と思う。

 その日は日曜日。 
 両親とでかけるのは、決まって同じ。
 お父さんが運転する車で20分ほどの場所にある百貨店。
 行きなれたところだからか、わたしはいつも両親のもとを離れては、ひとりで百貨店内をうろうろしていた。
 当然、迷子になっては、百貨店の案内所へ連れて行ってもらって、館内放送で両親を呼び出してもらっていた。

 恥ずかしいからやめなさい・・・と、お母さんにはよく叱られたけど、わたしは百貨店を探検するのが大好きだった。

 おもちゃ売り場、雑貨屋さん、本屋さん、子ども用の洋服屋さん・・・。
 どれも大好きで、わたしはいつも、ひとりだけの冒険に胸をおどらせていた。

 いつもは通りすぎるだけの、エスカレーター横にある時計屋さん。

 わたしは、カレに、ひとめぼれをしたようだった。
 くわしい経過はさておいて、わたしは両親に対して、カレを、つれて帰りたいと必死に泣きじゃくったのだ。座り込んで、駄々をこねて・・・。

 結局、カレと一緒に帰ることはできなくて、わたしは、目を腫らした仏頂面で、車の後部座席にいたのだと思う。

 おやつも食べたくなくて、晩ごはんもおいしくなかった。テレビもみたくないし、お風呂に入る気にもなれない。しずんだまま、わたしは、布団にもぐりこんだ。

 頭から、カレのことが離れない。つり目がちで、髪がツンツンしてて、おなかがポッコリ。

 なんで、なんで、なんでっ・・・!

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 いつのまにか寝ていて、起きたら、まっしろなヒカリが差し込んでいて・・・、

 むくっと、からだを起こして目をこする。窓から外を見てみる。
 ゆっくりと、視界が鮮明になって、曇り空がうつる。
 思い出す、昨日の、カレのこと。かなしさがこみ上げて、喉がけいれんをおこしそうになる。

 ふっと、枕もとの、赤い小包に気付いた。

 赤い包装紙い、金色のリボン。側にあるメッセージカードには、たった一言。

 “メリークリスマス”

 わたしは、包装紙をやぶいてやぶいて、被せてある上箱を開いた。

 すると――――――。

 カレ、がいた。

 おなかに時計が埋め込まれた、プラスティックのペンギン。

「・・・お、はよう、ございます。きてくれたのね」

 箱から取り上げて、わたしは胸に抱きしめた。

 なんでだろう、なんでかな?

 この子が、こんなにも、なじむのは・・・。

 この子・・・、カレには名前がいる。

 でも名前はもう決まってる。

 たぶん、ずっと、決まってたから。

「こんにちは。いいえ、おはようね。わたしの・・・、わたしだけのアームストロング」

 わたしは胸の中にいるカレの仏頂面をいとおしく思いながら、おなかの時計を、いまの時間にあわせて、その額に、キスをした。

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