見出し画像

時計反応

概要

無色の二つの溶液を混ぜ合わせると、数秒後に突然発色する。


試薬

A液:硫酸(H2SO4,2.0mol/L), 過酸化水素(H2O2, 35%)
B液:ヨウ化カリウム(KI,1.0mol/L)
チオ硫酸ナトリウム五水和物(Na2S2O3)
デンプン((C6H12O5)n)
C液:硝酸1.38(HNO3), 硝酸鉄(III)九水和物(Fe(NO3)3・9H2O)
D液:ヨウ化カリウム(KI,1.0mol/L)
チオ硫酸ナトリウム五水和物(Na2S2O3),
デンプン((C6H12O5)n)


使用器具

100mlビーカー, 300mlビーカー, 500mlビーカー
2mlピペット, 5mlピペット, 10mlピペット
1000mlメスフラスコ, 100mlメスシリンダー, 薬さじ, 三脚, 金網, ガスバーナー


実験準備

A液:2.0mol/L硫酸15mLに濃度35%の過酸化水素水を3.0mL加えて混ぜ、水を加えて125mLに希釈する。
B液:デンプン10%溶液3.0mLとチオ硫酸ナトリウム0.20gと1.0mol/Lヨウ化カリウム水溶液6.0mLを混ぜ合わせて、水を加えて125mLに希釈する。
C液:水50mLに硝酸(1.38)3.5gを加える。そこに硝酸鉄(Ⅲ)九水和物1.6gを溶かし、125mLに希釈する。
D液:デンプン10%溶液3.0mLとチオ硫酸ナトリウム0.20gと1.0mol/Lヨウ化カリウム水溶液6.0mLを混ぜ合わせて、水を加えて125mLに希釈する。


実験手順

実験1 A液とB液を素早く混ぜる。
実験2 C液とD液を素早く混ぜる。


原理説明

※noteの仕様上、イオンの正負符号などを小文字で表記できていません。
 気になる方は、PDF版をご覧ください。

○ヨウ素デンプン反応

皆さんはヨウ素デンプン反応という反応をご存知だろうか。ジャガイモにうがい薬を垂らすと色が青紫色になるあれのことだ。そんな性質をもつヨウ素なのだが、ヨウ素自体は水に溶けにくく、ヨウ化カリウム水溶液には溶けやすいという性質をもっている。このことを式に表すと、(式1)のようになる。

I⁻ + I2 ⇄ I3⁻               (式1)
2I3- + デンプン ⇄ 青色のデンプンI5-錯体 + I- (式2)

これは、ヨウ化カリウムが水に溶けて発生したヨウ化物イオンと、ヨウ素が反応して水に溶ける三ヨウ化物イオン(I3⁻)となったことを表している。この原理を使って作られているのがヨードチンキ、いわゆる赤チンである。この赤色は三ヨウ化物イオンの色でもある。
(ちなみに、コロナに効く(?)という話で有名になったポビドンヨードはヨウ素の強い酸化作用を利用した典型例)


○実験1

さて、今回の実験では、溶液を混合した後10秒ほど経ってから、溶液の色が濃い紫色に変化した。先に言ってしまうと、この色の変化は上で説明した赤褐色の三ヨウ化物イオンが生成され、デンプンと反応(ヨウ素デンプン反応)して青紫色になったということになる。
ここで重要になるのが、どのようにして三ヨウ化物イオンが生成されたのか、また、最初の10秒は何が起きていたのかということだ。式を見てみよう。

まず、B液中のヨウ化カリウムが水溶してできたヨウ化物イオン×3とA液中の過酸化水素水が反応して、三ヨウ化物イオンが生成される。この反応は反応系の中で相対的に遅い反応であるため、三ヨウ化物イオンはゆっくりと生成される。

3I⁻ + H2O2 + 2H⁺ → I3⁻ + 2H2O (式3)

しかし、生成された三ヨウ化物イオンはすぐにB液中のチオ硫酸ナトリウムが水溶してできたチオ硫酸イオンによって、ヨウ化物イオンに分解される。この反応は比較的速い反応と言われている。

I3⁻ + 2S2O3²⁻ → 3I⁻ + S4O6²⁻ (式4)

つまり、赤褐色の三ヨウ化物イオンが生成されてはすぐに無色のヨウ化物イオンに分解されるという反応が繰り返し起こり、結果として、最初の10秒間、混合液はずっと無色の状態に見える。

しかし10秒後、(式2)で三ヨウ化物イオンを分解していたチオ硫酸イオンがすべて消費され、(式2)の反応は起こらなくなる。すると、三ヨウ化物イオンが一方的に生成されるようになる。これとデンプンが反応して、青紫色に呈色したのである。
 

○実験2

一方、今回は実験1の過酸化水素を鉄(Ⅲ)イオンに変えた時計反応も行った。このでは、溶液を混ぜた後すぐに溶液が紫色に変化し、その後徐々に色が無色に近づいていき、ひとたび無色になると今度は突然濃い青紫色に変化した。

この時計反応でも、(式3)(式4)と同様の反応が起こっている。
まず、硝酸鉄(Ⅲ)九水和物に含まれていた鉄(Ⅲ)イオンにより、ヨウ化カリウムのヨウ化物イオンが酸化され、有色の三ヨウ化物イオンが生成する。(式5)

2Fe3+ + 3I- → 2Fe2+ + I3- (式5)

しかし、先程の時計反応と同様に、チオ硫酸ナトリウムにより三ヨウ化物イオンが還元される。

I3- + 2S2O32- → 3I- + S4O62- (式6)

この二つの反応式をよく見ると、先程の(式3)(式4)とほとんど一緒であることが分かると思う。違う点は(式3)で過酸化水素が担っていたヨウ化物イオンを酸化させる役割を(式5)では鉄(Ⅲ)イオンが担っていたという点だけで大きな違いはない。そのため、(実験1)と同じように、しばらく時間が経ってから青紫色に変化した。

では、なぜ溶液を混ぜた直後に紫色に変化し、段々無色になっていったのか。これは、硝酸鉄(Ⅲ)九水和物に含まれる鉄(Ⅲ)イオン(正確にはヘキサアクア鉄(Ⅲ)イオン)とチオ硫酸ナトリウムのチオ硫酸イオンが反応し、紫色の錯体を形成したためである。

[Fe(H2O)6]3+ + S2O32- ⇄ [Fe(H2O)5(S2O3)]+ H2O (式7)

反応が進むと、徐々に(式6)でチオ硫酸イオンが消費されていくため、(式7)の平衡位置が左に傾き(ルシャトリエの原理による)、紫色の錯体は徐々に減少していく。
(正確には未反応の鉄(Ⅲ)イオンが含まれているので、無色というよりは黄色がかって見える。)
この時計反応は(式7)の反応をもつため、チオ硫酸イオンの減少を視覚化することができ、呈色までの間にも反応が起きていたということの根拠を示してくれる。
 
この二つの実験の視覚的な変化の過程を比較することで、実験1の溶液が無色であった間にも実は反応が起きていたということが理解できたのではないだろうか。
 

○反応速度

また、先ほど「速い反応」「遅い反応」という話があったが、このような反応速度の違いによって、時計反応は成立している。仮に、(式2)の反応速度が(式3)よりも速いと、少しずつ三ヨウ化物イオンが生成され、色が徐々に出てくるため、時計反応は見映えが悪くなる、というか失敗する。このように時計反応では、反応速度の違いが重要なのである。(式2)のように反応系の中で最も遅い反応で、反応全体の速度を決める反応段階を「律速段階」という。また、溶液の量や濃度、液性などの調整によって、呈色までの時間を変えることもできる。
反応速度を記述する式として、アレニウスの式というものがある。

A:頻度因子(比例定数)、e:自然対数の底、Ea:反応の活性化エネルギー
R:気体定数、T:絶対温度

この式を見ると、反応速度は反応の活性化エネルギーが小さいほど、また、温度が高いほど速くなることが分かる。これは何となく想像がつくだろう。

また、このアレニウスの式の両辺の対数をとると、

この式からln(k)を縦軸、1/Tを横軸にとりグラフにすると、傾き-Ea/Rの直線が与えられることがわかる(アレニウスプロットという)。各温度における速度定数k(各種濃度と反応時間から求められる)をプロットしていくと、任意の温度での反応速度を予測することができる。


参考資料

Bassam.Z.Shakhashiri 「教師のための化学実験 ケミカルデモンストレーション 6」 pp81-94,123-130,139-143
 
KCC Quiz 時計反応班編
Q1 次のうち、デンプン水溶液を加えたときヨウ素デンプン反応を起こさない物質はどれか?
①三ヨウ化物イオン ②ヨウ化物イオン ③ヨウ素 ④イソジン
 
Q2 実験1で、(式4)の反応が起こらなくなったのはなぜか
①三ヨウ化物イオンがなくなったから 
②チオ硫酸イオンが消費されきったから
③(式3)の反応が(式4)の反応よりも速くなったから
 
Q3 実験1で、誘導期間が長くなる操作はどれか?(難)
①チオ硫酸ナトリウムの濃度を高くする ②硫酸の濃度を高くする
③溶液を温めながら行う ④時を止める(ザ・ワールド)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?