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火災の予告【意訳】

ラジオドラマ、朗読用の脚本です。

本文

ナレーター「昔々のお話。京都に富田(とんだの)久内というものがおった。歳は若いが情け深く、慈悲にあふれた人物だった。ある日、家を出て北野天神という神社にお参りした。お参りを済ませ、もと来た参道沿いの茶店に入り、座って茶を飲んでいるところに、12,3歳頃とみえる小坊主が歩いてきた。小坊主の顔は青ざめ、疲れているようだったので、久内は思わず、声をかけた」

久内「やあ、小僧さん、あなたはどこのお寺の方ですか?」
小僧「はい、私は東山の方から来ました。今朝からあちこち使いとなって走り回っているのですが、まだ何も食べていません。師匠のご命令に従って働き、こんなに身も心も苦しいことが他にあるとは思えません」
久内「そうかそうか。まぁまぁ、ここへ来て、ちょっと一緒に一休みしよう」

ナレーター「久内は小坊主の言い様に可愛さを覚えたため、茶店の娘に餅を言いつけ、小坊主に食べさせた。そののち、小坊主と共に久内は茶店を出て、内野(うちの)の方へ出た。右近の馬場という所まで来ると、小坊主は突然、話し始めたのです」

小僧「お兄さん、私は本当のところ、人間ではありません。火の神の使者として、火事の仕事を仰せつかっています。あなたはとても情け深く、親切な方なので申しているのです。明日(あす)、北野、内野、西の京は、すべて、ことごとく焼き滅びます。あなたの家は焼きたくないと思うのですが、私の力ではそれを調整することはかないません。燃え広がる範囲にすでに入っているのです。ですから、あなたは早く家にお帰りになって、大事なものをもち、他に移ってください。私はまた後からゆっくり参りますので」

ナレーター「そう告げると、小坊主は姿を消してしまった。久内は不思議に思ったが、急ぎ家に帰った。家具や大事なものをどこか別のところへ移していると、人びとは不審に思い、久内をからかった」

人1「おや、久内さん、そんなに家財道具そろえて、どこへ行くんだい。」
人2「なーにやってんだ?屋移りか?あっ、もしかして・・・夜逃げか?まだ昼だぞ!」
人1,2「あっはっは」
久内「・・・・・・」
人2「おい、久内、久内ってば。どうしたんだよ、血相変えて。何かあったのか?わけを聞かせろよ」
久内「・・・実は・・・」

ナレーター「あまり話すつもりはなかったのだが、久内は先ほど小坊主から聞いた話を人々に聞かせた。それを聞いた人々は、やはり久内を嘲り笑った」
人1「あっはっはっは、久内さん、狐にでも化かされたんじゃないのかい?あるはずもないことを聞いて、慌てて家具を運んでるだなんて。あっはっは」
人2「そうでぇそうでぇ、信心深いお前のことだ、家財道具売り払って、神社仏閣の修繕にでも充てたらどうだ?なっはっはっは」

ナレーター「一方、その年を遡ること3月、西の京の住人と東の京の住人が、酒や麹の売買のことで揉め事を起こし、お上に訴えを起こしていた。この件について、既に役人は判決を言い渡しており、東の言い分に理があるため、西に対して掟に背いた罰を与えることで、落着していた。しかし、西の京で商いをする者たちの恨みは激しく、商売に関係のない荒くれ者を巻き込んで北野天神の社に立てこもり、東の京に対する復讐の計画を練っていた。

その計画を耳に入れた警備の武士たちが、ある日、北野天神に集まっていた人々を捉えて投獄しようと襲撃したが、先方も、やれ、捕まるものか、と応酬になり、とうとう社に火をかけて自害してしまった。

折から、やにわに強い風が吹き、火が回って北野天神の建物は一瞬にして灰となってしまった。その炎のわずか一部が民家に移り、西の京はことごとく野原となったのである。

人々はこの風を魔の風、魔風と呼んだ」

参照

【典拠】 浅井了意『伽婢子』より「焼亡有定限(焼亡 定まる限り有り)」
【原文参照】「古典文学電子テキスト検索β」 


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