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4/1 (月) 花見

施設から帰ってきた父が、「今日はお母さんと一緒に、花見に連れて行ってもらった」「あんなところがあるなんて知らなかった」と、3分に5回ペースで報告し続けた

やはり父にとって、歩くことって記憶に残る

地図を広げて、どこか教えてもらう
父もはじめて行ったというのに、場所も覚えていた

わたしも父の寝ている間に、実家の近くの桜の名所となっている大きな公園を歩いてきていて、去年の桜の時期はここに、父と下の子と3人で、自転車で来れたことを思い出す

父が日中は施設に毎日通うようになって、自転車にもほとんど乗らなくなったし、歩くのも夕方のお社廻りくらいになっている

父がこの家で過ごすためにサポートするわたしや弟が、自分の生活を回すためにしている施設に頼るという選択が、父の自宅周りで過ごす時間を奪ってしまっていると感じる

と、ここまでが昨日の話

朝遅い父が、今朝は珍しく6時過ぎに起きてきた

これは、施設のお迎えが来る前に桜を見に行ける、と、昨晩の残りの筍ご飯を結んで、お茶と羊羹も持って、近くの公園まで出かけた

昨日は7分咲きくらいだった桜が、ほぼ満開

父は、
「この時間にここに来たことはなかったけど、いいもんだな」
「今日がいちばん綺麗なんじゃないのか?」
「お母さんも一緒に来れたらよかった」
と、繰り返している

桜にあふれた、ひとけのない朝の公園は、ちょっと嘘みたいな時間だった

帰り際に花に向かって父は
「桜さん、ありがとう!」

さて、このことは覚えているのかな?

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