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パラッポ祭りに行ってみた話

外出や大人数での活動が憚られるこのご時世で唯一誰からも咎められない祭りと言えばパラッポ祭りだろう。

普段あまり祭りの類には興味を示さない僕だが、パラッポ祭りとなると話は別である。

パラッポ祭りを知らない人に説明すると、スキャ神を祀り1年間の無病息災を願う至ってスタンダードな祭りだ。内々で行うため、具体的な場所は記せないのだが、某県某村の山奥の洞窟で行われる。

スキャ神は疫病に強く、パラッポ祭りにはスキャ神の加護が与えられるためそういった視点からパラッポ祭りは緊急事態宣言下でも滞りなく実行できるのだ。



1月某日。パラッポ祭りはその性質のため基本的に1月に行われる。

開催場所へは主に公共交通機関を使わなければならない。最初の電車だけ感染リスクに怯えていたが、スキャ神の加護のおかげで何事もなく過ごせた。

電車とバスとタクシーを乗り継ぎ、15時間かけて村へ到着した。村は祭り一色で、参加者達を出迎える準備が整っていた。なんでも「スキャ神のお膝元であるこの村はコロナとは全くの無縁。村での感染者はもちろん村出身者で感染した者はいない」とのことであちらこちらで酒盛りが行われていた。

このご時世に考えられない光景に思わず別の国に来たのか勘違いしかけたが、鶏の被り物をした全裸の男が樽に入った血酒を頭から被っている様子を見て現実に戻った。ああ、今年もこの村に来れたんだな。

僕以外の参加者もいた。例年より人数は少なかった。毎年顔を合わせるTさんと今回が初参加だと言う若い女性のNさんが今回の参加者だ。

何でもNさんは知人の紹介で来たらしい。基本的にこの祭りは他者に伝えてはならないのだが、その知人というのが3年前の「アビラゴッソ事件」の被害者であるEくんだそうだ。事件の影響でEくんはもう村に来ることができないので特例として認められたらしい。

参加者達はまず集会所で村長に挨拶をし、その後全身を消毒するため耳削ぎ目洗い場で湯あみをする。この村では男女の隔たりがないため、基本的に混浴だしトイレは共用である。見る人が見れば発狂する案件だがスキャ神の教えなのであくまで神聖なものなのだ。

湯あみももちろん3人同時に混浴である。だが湯あみは俗世の毒を洗い流す儀式。一心不乱に桶に入ったお湯を頭から被らなければならないので他の事に頭を使う余裕などない。1年ぶりの湯あみはハードなものだった。

湯あみが終わった際、Nさんの背中に大きな傷あとが見えた。Tさんも気づいたようだったが、特に何も反応しなかった。



祭りは翌日に行われるので湯あみが終われば後は自由時間だ。例年通り、宴会が行われた。

村の名産である肉料理、地酒、次から次へと目の前に運ばれてくる名物料理たち。飲み会そのものが久しぶりである僕は大いに楽しんだ。

ツブツブエビの眼球に夢中になっていた時に、恒例である参加者の近況報告が始まった。村民は自給自足の生活をしているため、基本的に外界の情報が遮断されている。村長の家にテレビがあるが、昼間のみの時間帯でテレビ朝日しか映らない。新聞も来ないため参加者の話が情報の生命線なのだ。

近況報告は僕から始まった。流石にコロナウイルスが猛威を奮っていることは村民もなんとなく知っているようだったので、具体的に何が制限されているか、世の中がどう変わったかを説明した。そして、この1年で転職したこと、その職場でうまくやれていること等身の上話をした。歳が近い村民のRは「やっとお前にスキャ神の加護が与えられたか…」と感慨深そうにしていた。酒が入っていたこともあり少し泣きそうになってしまった。

僕の番が終わり、次はTさんだ。Tさんはコロナ過でも変わりなく仕事ができていること、妻も1年間健康だったこと、息子が高校に合格したこと、娘が中学校の部活で賞を取ったことをいつもの優しそうな声でゆっくり語った。

Tさんは古株ながら過去をあまり語らない人だった。僕が初めて参加した時点で既に参加回数が二桁を超えていたらしいが、詳しいことは何も知らない。

ただTさんは見た目どおり優しい人で、初参加で慣れない僕をサポートしてくれた。遠方なこともあり何かと気にかけてくれる。

初参加のNさんの番になった。普段はOLをやっていること、Eくんとは幼少期からの幼馴染ということを恥ずかしそうに語った。どうやらあまり人前で喋ることが得意ではないらしい。前髪で目を隠そうとする素振りから察した。

恒例の近況報告も終わり、自由な雑談タイムになった。RがNさんにしつこく絡んでいたようだったが、お互い楽しそうだったので止めはしなかった。

すっかり酔いが回り、宴会は解散した。もっとも、村民たちは所かまわず酒を飲みだすので、村全体が宴会会場のような空気になっていた。

名物の地酒である「鱒のはらわた酒」は度数が高く、これ以上飲むと明日の祭りに影響が出ると判断し、一足先に宿泊所に行った。もちろん大部屋である。参加者用で男女の区別はない。

部屋に着くと、Tさんが先に休んでいた。Nさんは意外に酒豪で、Rたち村の男相手に顔色一つ変えず樽に入った血酒をイッキしていた。TさんによるとまだNさんは休まないとのことなので先に寝ることにした。



翌朝、案の定二日酔いで痛む頭を押さえながら、大広間へ朝食をとりにいった。大広間にはNさんが先に座っていた。何でも「大広間で寝れば遅刻しないと思った」とのこと。大人しい性格の割に思考回路は飲みサーの大学生みたいだな、と思った。

朝食の沼魚の糠漬けとこめかみ砕き汁を食べた後、準備のために更衣室へ向かった。途中、Rとすれ違った時なんだか悲しそうな顔をしていた。Nさんに振られたらしい。ちなみに当の本人であるNさんは涼しげな顔をしていた。

祭りの服装は黒の浴衣を着る。浴衣と言っても祭り用に改良されており、膝下はバッサリ切られ、右の袖はあえてボロボロにされている。

着替えが終わり、準備を整え、定刻を迎えた。



会場である洞窟へ向かう。村から洞窟までは徒歩で移動する。そこそこ険しい山道で、大体2時間ほど歩いた先に洞窟が見えてくる。

洞窟では祭りを仕切る神主が待っていた。入口で下駄を脱ぎ、黒湯を飲む。奥へ進み、村長、警察官、ぬめりの者、裸族の後ろに並ぶ。

神主がスキャ神を模した金の像の前に立ち、呪言を唱えだした。いよいよ始まったのだ。ぬめりの者から液体が流れ、裸族が丁寧に器に入れる。篝火に器を近づけ中の液体が沸騰し始める。神主の呪言の声量が上がる。ぬめりの者からもっと大量に液体が流れ始める…

一連の流れが終わり、神主から名前を呼ばれる。名前が呼ばれた者は液体をスキャ神に向けて思いっきりかけ、その後神主に札を背中に貼ってもらう。

3人ともスムーズに作業が終わり、いよいよ祭りはクライマックスだ。神主がさっきとは別の呪言を唱えた。背中のお札が熱くなる。同時に、ぬめりの者が震え始めた。背中のお札はどんどん熱くなり、ぬめりの者は体からぬめりが消えていく。

まずNさんが意識を失った。うつ伏せに崩れるように倒れた。初めて参加しているのにうつ伏せで倒れる作法まで心得ているのは流石と思った。

そうこうしているうちに背中のお札は臨界点に達し、僕も意識を失った。



目が覚めると村の集会所だった。背中のお札は無事黒焦げになっていた。成功だ。横にいたTさんとNさんも無事のようだった。特にNさんは「アビラゴッソ事件」が気がかりだったらしく、安堵した表情を見せた。

帰りのバスまで時間があったので、僕はRと村の散歩をしていた。RからはNさんにアタックしてみたが駄目だったこと、そしてNさんの背中の傷について教えてくれた。

やはりNさんの背中の傷は「アビラゴッソ事件」が関わっているらしく、Eくんのためにスキャ神について独自で調べていたところ、悪い民間組織に騙され間違った手順でパラッポ祭りの再現をしようとしたらしい。当然失敗し、民間組織は壊滅。再現に同行した民間組織の社員全員が失明・植物状態・半身不随などの大惨事。Nさんも背中に大けがを負ったとのことだ。そのことを知ったEくんは責任を感じ、この村と正確なパラッポ祭りについて教え、その後消息を絶っている。

パラッポ祭りを商売に利用し弱った人間から搾取しようとした民間組織に腹が立つとRは憤っていた。

その後は他愛のない世間話をして、昼食の黒トカゲと熊の舌ラーメンを食べ、Rとは別れた。

村の皆に挨拶を済ませ、Tさん、Nさんと共にバスに乗り込んだ。帰り道でTさんがNさんに「大変だったろう」とねぎらいの言葉をかけていた。



Tさんと別れ、Nさんと二人きりになった。

Nさんからどうしてこの祭りに参加したのかを聞かれたので、小学生の頃は病弱だったこと、アパートの住民にパラッポ祭りの常連がいたこと、住民に連れて行ってもらい参加したこと、以来病気どころか風邪すら引かなくなったことを語った。

Nさんはとても興味深そうに聞いていた。その住民は僕を連れて行った翌年に交通事故で亡くなったこと、参加し始めてから10年になるが、毎年参加している人はめったにいないこと、3年ぶりに参加したお姉さんが手順を間違えぬめりの者になったこと…

Eくんについての話題になった。Nさんから見たEくんはいつも元気で明るく、リーダー的な存在だった。幼少期のころは病弱だったがある時を境に健康優良男児になったらしい。そして今消息を絶った理由はパラッポ祭りが関与しているのではないかと推理していた。なんでも、前夜祭で夜更けまで酒を飲んでいたのは事件とEくんについて聞いて回っていたらしい。しかし結果は何も情報は得られなかったそうだ。

僕から見たEくんは真逆の印象だ。常に自身が無く何かに怯えている。村民の誰にも心を開かず不愛想な印象を受けた。そのくせ、健康目的で毎年参加しているから村民からは評判が悪かった。だからあんな事件が起こったのだろうと僕は言った。「アビラゴッソ事件」を起こしたのは、僕なんだから。

Nさんはパニックを起こしたようだが、僕がNさんの口に毒目鯛の汁が染みついたハンカチをねじ込んでからは静かになった。どうもここ数年スキャ神への信仰以外を目的とした薄っぺらい輩が多すぎる。情報統制が不十分な証拠である。村長に来年相談してみることにしようと思った。

その後、僕とNさんはバス停で降り、タクシーでNさんをEくんがいる小屋まで送り、帰路についた。



こうして1年ぶりとなるパラッポ祭りを無事に終えることができた。コロナ過の今でも以前と変わらない村を見れて例年以上に感動した。2021年もスキャ神の加護の下、健康に、平穏に暮らしまたパラッポ祭りに参加したい。



ちなみに、情報統制が必須ならこんなnoteを書いて大丈夫かと思う人もいるかもしれないが、具体的な場所を記さなければOKと村長から許可は得ている。参加したいと思った人は各自頑張って探してほしい。



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