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『天才少女は重力場で踊る』は今読むべき

 緒乃ワサビ先生初の小説『天才少女は重力場で踊る』を読み終わりました。先生がシナリオを担当した作品は『白昼夢の青写真』しかプレイしていませんがこちらがとてもよかったので発売前にwebで試し読みをキメて、Amazonで予約までしたのになんやかんやで一か月近く先送りにしてしまった。

 この作品は2024年の田端が舞台のSF恋愛小説になっています。でも設定が「昔、核戦争があった世界線の日本」とか「街がめっちゃサイバーパンク」とかって訳でもなく、あくまで今現在の日本が舞台のお話になっています。そこに未来と交信できる『リングレーザー通信機』なるものが唯一SF要素として登場して、この通信機が物語の舞台装置としての役割を担うことになります。ただこの通信機がお話のメインかというとそうでもなくて、あくまでメインはヒロインとの恋愛にあった印象です。あとヒロインとの痴話喧嘩みたいな描写が上手い。

 何故今読むべきかって話なんですけど。まず作中に『コロナウイルス』とか『麦チョコ』とか映画『エイリアン』などの現代感あふれる固有名詞が出てきます。これらはこの物語において特に重要な単語ではないのですが、現代の空気感を出すのにとても効果的で、コロナなんかは比較的最近(今では大分落ち着いているが)の世界的な話題だったりして。こういうリアルな『2024年』の描写が作品への没入感やワクワク感を強めてくれてよかったです。これがタイトルに今読むべきと入れた理由で、この作品を最も楽しめるのは間違いなく今を生きている僕たちだと言えます。今読め。

 その一方で、こういう単語を使うデメリットも明確にあって、例えばSF作家の『星新一』は固有名詞を使いません。人物名はアルファベット一文字で『エス氏』とかだし、お金なんかも数字や単位を使って表さない。そうすることで何年経ってもSFの鮮度が落ちないから。名前が『花子』だったら古臭く感じるし、お金は価値も単位も変わります。逆に50年後の人が読んだSF小説にコロナなんて単語が出てきたら「歴史の授業で習ったやつじゃんwwペストとかの仲間でしょ?wwww」とか思うよね。思わんか。要するにリアルとSFの融合みたいなのがこの作品の良いところなのに、時間が経つとリアルとして描かれた部分もフィクションになってしまうってことが言いたい。たとえ正しい歴史だったとしてもリアリティを感じられない。歴史上の人物が物語のキャラクターみたいに思えるように。だからダメって話ではなく、むしろ上手く使っているからこその良さがある。やっぱりSF要素はあくまで舞台装置!!イチャイチャをみろ!!ってことなんだろうと思いました。

 余談だけど、普段本をあまり読まない人にオススメの本を訊かれた時にはショートショートで読みやすいからと星新一を紹介している。まあああいうのって社交辞令でしかないんだけど、答えないと会話が途切れるので会話する気はあるんだぞってことを示さなければならない。社会ってメンドクサイ。

 緒乃ワサビ先生の文章はとても読みやすく、ボリュームも丁度良くて好きです。SFを題材にしているのに小難しくないのが良いですね。小説もしっかり面白かった。折角なので『白昼夢の青写真』の好きだった部分にも軽く触れておきます。最初の3つのルートには恐らく『年齢や立場なんか気にせずにやりたい事に挑戦してもいい』というテーマというかメッセージがあって、基本前向きに何かに挑戦していく話なんですけど。そういう分かりやすく直球な所が個人的には好きでした。3ルートそれぞれ全く異なる時代のお話で飽きないのもいい。そんでもってシナリオを通してのギミックも面白い。どちらもオススメです。


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