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視点を変えることの重要性【アップルカット問題】
※これは林檎の切り方から、視点を変えることの難しさ・重要さを考える問題である。
林檎の切り方と言えば、「くし形切り」が一般的なようだ。林檎を縦に何等分かにして、中央の芯の部分をとりのぞいて三日月のような形にするアレである。
僕にとっても慣れ親しんだ切り方で、母親や親戚はあの切り方だし、他の家庭で出されたときもやはりくし形切りがほとんどであった。
ところが、僕が一人暮らしをし始め、自分で林檎を切って食べるようになってからは、「くし形切り」ではなく「一口サイズにカット」するのが当たり前になった。その理由は、食べやすいからである。
というより、「一口サイズカット」以外にする理由が無いと思った。
一口サイズに切る方が食べる際には圧倒的に食べやすい。カットの手間を考えるとして、くし形切りより包丁を入れる回数が多いものの、それだけで大して手間はかからない。
くし形切りは食べづらい。よくつまようじを刺して食べることが多いが、一口食べると重量バランスが崩れて不意に落下しやすくなるし、果汁たっぷりの林檎をかじると果汁が飛び散り、指につきやすいというデメリットもある。
つまり、くし形切りは、切る人の手間をわずかに少なくするだけで、食べる人の利便性を考えていないように思える。とはいえ、林檎の皮は手間をかけてしっかり剥かれているからよく分からない。ちなみに、僕は林檎の皮も好きなので、剥かないタイプだ。
僕は母親に尋ねたことがある、どうして食べづらい「くし形切り」にするのか。一口サイズにカットしないのかと。
そしたら、母親は「深い意味はない」と答えた。「今までずっとこうしてきたから」だと。
僕が「一口サイズカットの方が食べやすい」ということを説明すると、面倒くさいやつだと言われて流された。まあ、母親からすれば議論するような大した問題ではないということだったのだろう。
しばらく、このアップルカット問題については不消化だった。納得できない。どうして食べ辛いくし形切りが人気なのか。
しかし、ある時ふと思いついた。くし形切りのメリットを。それは、複数人で食べたときに平等に分けやすいということだ。
例えば、3人で林檎を食べるとき、お皿にくし形切りの林檎が6個あったら、2個ずつ食べようという話になるだろう。暗黙の了解でもそういう考えに至るだろう。
ところが、お皿に一口サイズの林檎がたくさん載っていたら、一人何個食べればよいかがわかりにくい。最後の一個を譲り合いしたり、場合によっては喧嘩になるかもしれない。
この考えに至った僕はすごく納得した。
効率的な一人での食べ方ばかりにこだわっていては、このくし形切りのメリットは思いつかなかっただろう。
アップルカット問題は、考え方の視点を変えることの重要さがよく分かる問題であった。
何か疑問や問題があったとき、登場人物、環境、時間、道具などあらゆる状況を変え、またそれぞれの視点から考えることで、解決できたりするのかもしれない。
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