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【観覧メモ】菊池寛実記念 智美術館「第9回菊池ビエンナーレ 現代陶芸の〈今〉」

開催期間:2021年12月11日(土)~2022年3月21日(月・祝)。観覧日12月11日。
 ※特別な許可をいただき撮影しています。
個人的に近代工芸には興味関心はありませんでしたが、2016年にたまたまこの美術館を訪れて以来、何度か足を運んでいます。その時の展示が「第2回菊池寛実賞 工芸の現在」。これは工芸分等全般の作品が対象で、陶磁、金工、ガラス、竹工、截金ガラスの作家12名の60作品ほどを展示するものでした。日本のおける「工芸」がこれほど言葉を持ち、現実を侵食するように訴えてくるのかとその迫力に圧倒されました。以来、気になる作家の展示を見るようになったお気に入りの美術館です。

作品の世界へ誘う展示空間

テーマ設定が良い。というだけで、美術館そのものがお気に入りにまることはありません。またここに来たくなる理由は、展示する空間そのものの素晴らしさです。ビルが林立する虎ノ門の中を歩いて来て、長い塀を分け入るように入って目にする施設外観はどこかレトロ調。もっともこれは展示施設ではなく、大正期に立てられた「西洋館」で国の登録文化財。美術館で最初に目にする作品とも言えます。

受け付け後、それ自体がアート作品の螺旋階段を地下へと降りると展示室があります。この空間は、かつてスミソニアンン自然史博物館に専属していた展示デザイナー、リチャード・モリナロリ氏によるデザインだそうです。

中央をS字に蛇行する展示台により、自然と体は向きを変え、作品から視線を上げる度に異なる風景に気づき、この先の展示への期待が高まります。1点1点ゆっくり見たいが、あの先の作品も気になる。歩を進め、目の前の作品が近づき、また目を上げると先ほどの作品が遠くで違う存在感を放っている。そしてS字の裏側でまた近づき、新たな発見をする。時には入口に戻って歩き直し、確認と発見が延々と続く……。

作品の息づかいすら感じる贅沢

基本的にメイン展示室にはガラスケースがありません。作品はさまざまな角度、可能なかぎり上から、見えるかぎり下から鑑賞でき、その質感を邪魔されることなく感じることができます。

今回の展示は、現代陶芸の振興を目的に美術館が2004年度から隔年で開催している公募展。「器の形態から用途のない造形まで形状やサイズに応募条件を設けず、陶芸作品を一律に審査」したものだそうです。279点の応募から大賞1点、優秀賞 1点、奨励賞3点を含む入選作品54点が展示されています。つまり「なんでもあり」から選び抜かれた表現が視界全部に点在しているわけです。それなのに、この展示空間はみごとな調和の遠景と雄弁な近景でその中を歩む者を誘い刺激し続けます。

大賞等5点の受賞作は美術館のWebサイトで確認できます。それらはたしかに素晴らしい。しかし、54点すべてが何かをささやきかけるのです。私が今回もっとも魅入った作品はこちら。でこぼこは釉薬で表現された「やきもの」です。

「貝奇風」アイザワ リエ

まるで海の中のサンゴのような色と陰影。まさに「用途のない造形」の訴えに窮する自分。展示の中盤に置かれているので、ここで何度も行き来をして、なかなか先に進めません。そして、そうこうしている内にあれもこれも気になりはじめます。

「Stream」若月 バウマン ルミ
「彩泥條刻文器」淺田浩道
「Vase」青木岳文
「脱皮」松澤惠美子
「層磁器鎬壺 渦」 喜如嘉克昌

見終わらない展示、居続けたい空間

初めて目にする作家の唐突に出会った作品たちとの対話は延々と続きます。もともと現代工芸に興味関心のなかった私ですが、この美術館でなら、出会い頭の邂逅を楽しみながら鑑賞し、自分だけの「そういうことかも」をそっと胸に残すことができます。単純に「楽しい」。

「種まく人」大塚茂吉
奨励賞受賞作「ながるる」原田雅子
左から、「艶めいて」山口美智江、「Silent Shadows」杉谷恵造、
「集」神田樹里、「彷徨の先に見たもの」西澤伊智朗

作品は入口に受賞作2点のみ可能ですが、館内は禁止です。しかし、今回の全点が収録された図録は撮影もすばらしく、個性的な作品から感じた感情を思い出す上で役立つ1冊です。おすすめです。

展示室の入口には、今回の大賞を受賞した作品があります。1周してここに戻って来てあらためて見る。最初とはまったく印象が異なり、細部まで新たな視点と気持ちで鑑賞が深まります。ここで2回目。少なくとも、もう1回、同じ経験をするでしょう。
この作品は半磁器を轆轤で引きあげ、乾燥させた後、手彫りで削り出していく技法が用いられています。

「線を解き放つ」猪倉髙志

展示の鑑賞は、最終的には体力とのかねあいです。十分な鑑賞時間と事前の体調管理は念頭に来館予定を立てましょう。
館内1階には、庭園も楽しめる喫茶や食事を提供するサロン、受け付けの横に展示作家の日常使いできる作品の販売もしています。今回は、各作家の作品を随時並べているそうです。

入館時に気になった器は、鑑賞後には売れていました。躊躇は禁物。

美術館本館もまた見応えのあるたてものです。最後にふりかえって、しっかり鑑賞しましょう。

会期中、受賞作家と審査員、受賞作家と学芸員によるトークや学芸員のギャラリートークが1月から3月に予定されています。コロナの状況次第とは思いますが、美術館のWebサイトで予定をご確認ください。


須恵器・土器・考古・郷土史等々に関し、都内近郊の博物・資料館・展示の情報を整理記録がてらアップしていく予定です。