「空気」の定義
山本七平さんの「空気の研究」では、
と定義されています。
この書では、「戦艦大和」「イタイイタイ病」「西南戦争」等の事例で説明されていますが、現在でもこの国では日常的に「空気」が「論理」を抑え込んでしまう事例に事欠かないように思います。
後を絶たない大企業での「品質不正」から、コロナ禍における「マスク警察」等々、日々の社会生活の中でも、「空気」を読み、「空気」に従うことが「正義」という、暗黙の掟が存在します。
そして面白いことに、山本七平さんは、この種の「空気」は、一神教の国では存在しないとしています。
一神教では、絶対とされる対象は唯一の神で、他のすべては相対化されるため、個人は神との直接的な関係を重視し、集団の圧力に左右されることなく、自己の信念や倫理に基づいて行動する傾向があるとのこと。
確かに、日本では、実社会においても、なかなか「本当のことを言えない空気」は蔓延しています。
「これを言うと、⚪︎⚪︎さんの立場がなくなってしまう」
「今さら、これを言ってしまうと、大きな損失になってしまう」
「私の口からは、言えないよ」
等々、思い当たることは多いと思います。
社会的圧力、暗黙の了解、同調圧力。。。
とはいえ、日本では、「空気」に流されやすい一方、一旦、「空気」が解除されると、なにごともなかったように、変化してしまう傾向もあります。
コロナも、5類になった途端、コロナそのものは何も変わっていないのに、社会は大きく変化しました。
「空気」を変えるきっかけ創り。
日本での"Holistic Management"論には、この「空気」に対する処し方がキーとなるかもしれません。
■引用 「空気の研究」 山本七平 文藝春秋(83/10)