どんぐりパン
なかじまねてるさんと、可愛い坊やのために。
”はるかむかしTwitterというところがあって、そこで楽しく遊んでいたころに連投して即興で書いた小説のようなもの”
私はきらきらと光る石や良い香りのする若草を売って生計と成している。売上は上々であるが、困ったことに購入していくのはどんぐりしか持たぬリスばかり。仕方なくお代はどんぐりでいただいているが、私も生活のためには食わなければならないからこれをパンにしている。結果としていつもお金がないのだ。
ここ数年そんな生活をしているからどんぐりパンの腕前だけは向上した。食感はどんぐりから作ったとは思えないようなむっちりふわふわ。口に含めば馥郁たる香りが鼻口を通り抜ける有様である。その日もそんな手製のパンを食べながら店番をしていたところ、常連のヤマネが店に現れた。こいつは底意地が悪くいたずら好きで、いつも鹿たちをからかうための石をうちで買っていく。今日もどうせそんなところだろうと思ったのだが、どうやら今日はおやつにコケモモを買いにきたらしい。どんぐり三つでコケモモを嬉しそうにほおばったヤマネはついでにとばかりに私にパンをねだり、うっとうしく思いながらも渋々ひとくち分け与えた。
店主さんこいつはでっかいビジネスチャンスだぜ。どんぐりパンを食べたヤマネが興奮して私に話しかけてくる。原野から姿の変わらない化石のくせしてはいからな言葉を使うもんだと思ったが、だけに他のげっ歯類どもの好みは知悉していると大きなことを言う。私は正直気乗りしなかったが、ヤマネがあんまりうるさいからパンの量産にとりかかった。
驚くべきことにパンは飛ぶように売れた。事実普段石や草に興味のないむささびまでもが店に現れ、どんぐりパンを購入すると飛んで帰っていったので事実飛んでいた。私は朝早くからたくさんパンを仕込まなければならなくなって大変である。どんぐりを潰しすぎて四十肩まで出てきた。いつの間にか店の隅で良い香りのする草が枯れていた。
ある日、子リスが店に来てヤマモモのいっとう良い香りのする若葉をくださいなと言った。忘れていたがもうヤマモモの季節である。しかし最近はパンばかりこねていたのですっかり葉っぱの仕入れを忘れていたのだ。それを告げると子リスはすんと鼻を鳴らして帰っていった。こんなことでええんかな。
ヤマネに相談すると、彼はすっかり商売っけがついて何言ってんだいと怒られた。どうやらクマやイノシシにも渡りをつけ、一大パン工場を森に建てるつもりだったらしい。やれやれ。しみじみ嫌になったので私はヤマネを木のうろに閉じ込めてきっぱりパン屋をやめてしまった。まずは河原で石拾いである。
私はそれからまた良い香りのする葉っぱや石を売り始めた。今度は水面をよく滑る丸い石や、悪ガキどもに人気の叩き合わせると火花が散る石も販売してある。売上はめっきり減った。だけど時折迷い込んだ子熊や腹をすかせたリスにパンを振る舞うこともある。そうしているとたまに客がクワやコケモモをくれて少しパンが豪勢になった。
ヤマネはというと、あれからすっかり木のうろで生活することにハマったらしい。悪知恵は回るくせに所詮げっ歯類だから楽しかったこともすぐ忘れてしまうのだ。最近は「洞に生きる」という本を出して他のヤマネにも啓蒙を与えているとのこと。このままいくとヤマネは全員木のうろで生活することになりそうだ。たまにパンを差し入れすると何か思い出しそうに首をかげていた。
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