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茶道によって「美を見極める審美眼」が鍛えられたようだ……

「カゲロウさん。茶室の中で短い距離を移動する場合、両膝をついたまま両手のこぶしを使って移動することを『にじる』と言うでしょう。あと頭を下げて身体を小さくまげて入る入り口も、にじって入るでしょ。どうして、そういう風になったか、わかりますか?」
 と、おっしょさんに聞かれて即答できなかった。おっしょさんは、話を続けた。
「私はあなたが教室に通うようになった一年前から、その話をしたかったの」
 そんな前置きをするとおっしょさんは、茶室の中でにじって移動することの意味を話し始めた。
「にじる時って、まず頭を斜め前に出して首を伸ばすでしょ。それって、あなた様が私に疑いをもたれたならば、この首をいつ斬られても構いませんという、二心のない事を態度で示している、と言われています。茶道は武士のものでしたから、武士が茶室に入るということの意味を示しているの」
 そこまで話すとおっしょさんは、
「どこかで、ネタとして使えるでしょ」
 と、悪戯っぽく微笑んで見せた。私はおっしょさんの心配りのお礼に、
「是非、使わせていただきます」
 と力を込めて応えた。
「実は、先月の末日が松本清張賞の締め切りでした。でも浅田次郎先生にお会いして、小説は読みやすさが大事だとご指導いただき、投稿をもう一年先にのばすことにしました。この作品が私の代表作と言われる作品になるように仕上げようと思ったものですから」
「そう。それは楽しみね。頑張ってください」
 そう言って私は茶室を出て控えの間に移った。すると、五十がらみの妹弟子が私の隣りで帰り支度をしながら、話しかけて来た。
「小説を書かれるんですか」
「趣味で歴史小説を書いています。三百五十枚の作品をすでに四回、松本清張賞に応募してます」
「どの時代のお話ですか」
「戦国時代の加賀藩です。今回は長谷川等伯の話を書いてます」
「そうですか。先だって、能登を旅行して来ました」
「等伯は能登の七尾の出身ですから」
 前にも書いたが、最近お茶室で五十がらみの女性に、よく声をかけられる。私のお気に入りの女優の斉藤由貴も、そのくらいだ。
 五十がらみの女性も魅力的に見える。
「美を的確に見極める」私の審美眼が、茶道によって鍛えられたようだ。

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