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トキアンナイト イミテーション・ラバーズ

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52枚の人間スケッチ。男女の葛藤は、果てしなく続く旅路。 簡単に、どっちが悪くて、どっちが可哀想なんて、言えそうにない。 あなたは、幸せになれそうですか。
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新しい恋

 20代なかばのカップルが夜半過ぎ、タクシーに乗り込んで来た。走り出してしばらくすると二人は、遅めの晩御飯の相談を始めた。 「ねえ、何にしようか」  と、女が男に話しかける。男は、少し疲れた様子で、気のない返事を繰り返す。 「うん。そうだな……」  二人の会話は、いつしか関西弁になっていた。 「オリンピックで、ええやろ」 「うん…」  男は、相変わらず気のない返事。それに比べ女は、元気がありあまっている様子。 「この間の話しなあ……。どないしたらええ?」 「そうやなあ、うん」

捨てられた女は、都合のいい女

 深夜午前1時過ぎ。ライブハウスの前で、男が酔った女を介抱している。“モテル男も大変だな”と思いながらも、タクシードライバーは手を上げた男の方へと車を寄せて行った。女の様子が、ちょっと違う。車を止めてドアを開けた。男が女を抱えるようにして、車に乗せた。男も乗ってくるのだろうと、ドアを閉めるタイミングを計った。しかし、男は車に乗ることなく、「運転手さん、王子まで」といって、ドアを閉めるしぐさをした。男は、乗って来なかった。  ドアを閉めて車を走らせると、女が、ロレツの回らない口

その大胆さに惚れました

 高輪プリンスホテルの裏道で、若い女性が手を上げた。時間は深夜の2時を回っている。タクシードライバーは、車を彼女の方へと寄せた。乗り込んで来たのは22か23歳くらいの女性。ちょっとガッチリした感じなのだが、ピンクのミニスカートに白いブーツという服装。座席に座るなり彼女が言った。 「六本木で火事になった女性専用のスパがあった所」  と彼女は行き先を告げるのだが、タクシードライバーの彼には、まったく見当が付かない。 「運転手さん、わからないかな?」  そういわれて、スパで火事にな

女はチャッカリ、男は愛嬌。しめて3500円、カードで

 前の女性客が車を降りるのと同時に、若いカップルが乗り込んできた。 25、6歳のカップル。女性は、タレントの優香みたいでかわいいタイプ。 「運転手さん、戸越銀座と横浜」  と乗り込むと即座に、元気な女性の声。比べて男性は、 「横浜まで行こうかな」  と、タクシーが動き始めても考えている。 「ビーに来ているお客は、どうもね」   と男性。 「でも、お店に来ているお客の考え一つで、評価は違うんじゃない」  と女性。 「女の子も、もまれて、触られて、ごちゃごちゃで」  ネガティブな

世界がぼくを求めている。その瞬間を君と迎えたい

 六本木の星条旗通りからタクシーに乗り込んだカップル。 「飯倉片町まで」  と、超近い。星条旗通りから外苑西通りに出て西麻布の交差点から六本木通りに入り、六本木の交差点を右に。相変わらず、大渋滞。男性。 「世界が僕を必要としていると、今感じている。これは、現実のものになる。その瞬間を君と一緒に迎えたいんだ」  すばらしい口説き文句だ。こんな口説き文句を聞いたことはない。ましてや、想像したこともない。男として、最高の口説き文句じゃないか。当然、タクシーという密室ですから、口説き

大切にしたい人

 一台のタクシーが中野駅に近い裏通りに入った。暗い路地の街灯の影で、若い女が手を上げて車を止めた。長めの黒っぽいコートに、長い髪。一見すると、クリエーター系の仕事をしている気難しいそうな雰囲気の女だった。運転手はドアを開け、彼女を乗せた。 「どちらまで?」 「歌舞伎町」  女からは、意外な答えが返ってきた。 「私、お弁当、作ったんです」  突然、女は屈託のない明るい声で話はじめた。運転手は、女の言葉にまごついてしまった。とりあえず、 「お弁当ですか?」  と、復唱した。 「六

赤いパンプス

《トキアンナイト 第8話》  深夜、零時過ぎ。黒っぽい上下のその女は、繁華街の裏通りからタクシーに乗った。運転手に行く先を告げると、すぐに携帯電話で誰かと話し始めた。 「今日は、早めに終わったの。そのまま家に帰ろうかと思ったんだけど、でも、そういえばあなたに話したいことがあることに気付いて。今から、そっちに行っていい?」  女は、突然思いついた用事のために、電話の相手の都合を聞いている。その話し方には、一方的な強引さを感じるが、その実、相手の真意を探り出そうとしている慎重さ

25歳の一人暮らし

《トキアンナイト 第9話》  大きな荷物を抱えた女性と、バラエティーショップの店員と思われる男性が、道路脇で手をあげ、タクシーを止めた。女性と店員は、それぞれカラーボックスと何かの荷物を持っている。店員は止まったタクシーの後部座席に荷物を入れると、丁重に挨拶をして離れていった。残った女性も、丁寧に店員に礼を返していた。  動き始めたタクシーのドライバーに、女性が行き先を告げた。タクシー・ドライバーは、女性に話かけた。 「地方から、東京に出て来られたんですか?」  時期的に、

生きて行くってたいへんですよね

《トキアンナイト 第10話》 「なんか、生きていくって大変ですよね」  女は、タクシーに乗り込んでしばらくしたとき、突然、しみじみとした口調で言った。タクシードライバーは、突然の無茶振りに、 「そうですよねー」  と、相槌を打つのが精一杯だった。 「最近、両親が離婚したんです」 「そりゃあ、大変でしたね。できれば、離婚しない方がいいんでしょうけれども」  女は、続けた。 「母親が、姑との関係がうまく行かなくて。私、小さいころから何度も母親に連れられて、無理心中しそうになった

10円玉の女

《トキアンナイト 第11話》  23歳くらいの女が、タクシーを止めた。開いたドアから顔をのぞかせ、女が言った。 「すみません。全部、10円玉で支払っていいですか?」 「いくら分?」 「710円……ぶん、なんですけど」  最初の一言目よりも、女の声が一段低くなった。タクシードライバーは、一瞬ためらった。  「うーん、いいですよ」 「ありがとうございます」  ドライバーの声に、それまで固まっていた女の表情が、緩んだ。女が乗り込むと、タクシーは走り出した。程なくして、女が話し始め

夢の続きを、ご一緒に

《トキアンナイト 第12話》  靖国通り、新宿の大ガードから「中野方面に」といって、乗り込んできた男女二人。乗り込むなり二人はすぐに話し始め、仕事の人間関係の話に花が咲いていた。 「田所さんは人間的に問題があるんですよ、どう見ても」  女は40歳台半ばに思われる。こぎれいにしている。 「山田さんは2、3年前に生理があがったといってた。どうやらそれがもとで、精神的に崩れやすくなったんじゃないかな。やはり、生理があがるといろいろと支障が出てくるんだろう。君は、いつごろ生理があが

疑似恋愛

《トキアンナイト 第13話》  彼女は遠慮気味に、早稲田大学側の面影橋で、手を上げた。タクシーが、彼女の前で停車した。パンツ・ルックの彼女は一見すると派手だが、どことなく落ち着きも感じる。 「高田馬場まで、お願いします」 「かしこまりました。ルートは、新目白通りをまっすぐでよろしいでしょうか?」 「うーん……」  考え込む彼女にタクシー・ドライバーは、すぐに代案を提案した。 「明治通りから、早稲田通りのコースで?」 「それで、お願いします」 「かしこまりました」  タクシー

愛とは奪うもの

《トキアンナイト 第14話》  夕方近く、21歳ぐらいの彼女は、ルーズなワンピース姿でタクシーに向かって手を上げた。タクシー・ドライバーは、着崩れた彼女の膝元の卑猥な雰囲気に、目が留まった。行き先をタクシー・ドライバーに告げるなり彼女は、携帯で女友人と話し始めた。 「そう、財布ごと全部パクられちゃって! もう、カードとか全部止めたけど」  彼女はタクシーの後部座席で太もももあらわに、携帯の向こうの友人に向かって彼女の現状を訴え続けている。 「今日は一銭もないから、彼氏のヘソ

怒りの〝膝小僧〟

《トキアンナイト 第15話》  繁華街のはずれ。一組の男女がタクシーを止めた。夜も酔い客で、街がざわめきはじめた時間。クール・ビズの男は、身のこなしも軽やかに、後部座席に乗り込んだ。続いた女はというと、少し様子がおかしい。いつもの男女の雰囲気とは、かなり違う。緊迫感がタクシー・ドライバーに伝わってきた。ドアを閉めるタイミングを計るため、タクシー・ドライバーは後部座席に乗り込む女の、膝頭を見た。緊迫感が漂っている。ワンピースの裾から顔を覗かせている“膝小僧”が、怒りに震えてい