Always coming back

射光を身体に受け止めながら、彼女は砂煙が吹く砂漠を歩む。
顔をヴェールで覆い、背には猟銃を背負っている。
腕で目元を砂煙から守りながら、彼女は砂丘を上がって辺りを見渡した。
方位も合っている。この近くに、故郷があるはずだ。
一口、水分を補給して彼女は目的地を探しに歩みを再開した。

 ̄ ̄彼女は稼ぐため、生き残るために銃をとり、傭兵として各地を転々としてきた。
猟銃を手にし、百発百中の狙撃力を誇り、大勢の戦士、目標を撃ち殺した。

「ようスカー、今日もアンタがいるおかげ敵さんたち、全く前に出てこれなかったぜ」

馴染みとなった傭兵部隊の一人が、彼女に絡んでくる。
戦場の間では、彼女の目立つ特徴から“スカー”という渾名がついた。

「目の前で仲間が拷問されてるってのに誰も出てこれねぇ、撤退した時のアイツらの顔ときたらよぉ! お前もその目で見れたのか?」

無視するスカーの顔を、傭兵はしげしげと眺めた。
額から頬にかけて走る裂傷、どんよりとしていて周りを睨みつけているような細い眼は、男たちでも一目見て震え上がる。

「ねぇアンタ」

「あ、なんだい?」

普段寡黙なスカーが自分から口を開いたことに、傭兵は内心驚いた。

「この任務を終えたら、しばらくどこにも参加しないわ」
 
得物である猟銃を手入れしながら、スカーは呟いた。

「は!? マジかよスカー、テメェがいなけりゃ誰に後ろ任せればいいんだよ」

彼は大げさに頭を抱えたが、スカーを引き留めることはしなかった。
その素振りを冷ややかに見つめるスカーを見て、どう言っても彼女がここに残る選択をしてくれないのは分かっているからだ。
「ちなみに、なんでよ?」

「……故郷に戻る」

 ̄ ̄故郷への道は、車を乗り継いで移動した。
猟銃を背負ったスカーを誰もが警戒したが、仕事である“狩猟”のため、護身のためなど適当な言い訳を言いながら金を見せつけると渋々乗せてくれた。
乗ったトラックは他に移民などが乗っていた。
スカーは他の乗客から離れて隅で、腕を組んでふてぶてしく座る。
乗客は猛犬のごときスカーの威圧感から目をそらしているが、ふと幼い少年が彼女と目を向き合った。

 ̄ ̄スカー、彼女の故郷は戦場となった。
たまたま拠点への移動ルートだということで、町では毎日戦車が道を横断していた。
双子の弟とともに、それを遠巻きに見て震え上がった。
「怖いね……あ、花が潰される!」
確か、弟とそんな会話をし、何気ないその日常で笑いあっていた。
この町が空爆に巻き込まれるまで、この日常までは壊されないと信じていた。

  ̄ ̄脳裏に、故郷に置いてきた双子の弟の姿が浮かび上がる。この記憶が出てくると、常に何かスカーの中で鈍る。彼女は少年から目をそらした。

 トラックから歩き、徒歩でしばらく移動していると、砂煙が強く吹き荒れてきた。
空は曇り、スカーの周囲から光が消えた。
彼女は服の上から突き刺す砂煙の痛みに耐えながら歩み続けた。
片目を開き、方位を確認しながら彼女は足を踏み出す。

 ̄ ̄方位と土地の感覚を頼りに、スカーは故郷“だったところ”に辿り着いた。
建物は跡形もなくなり、残った瓦礫だけが、その土地がかつて人が住まう場所だったと証明するものであった。
こうなっていることは知っていた。今まで自分が参加してきた戦場の跡も、決まって全てが奪われそして壊されていった。
そう考えても、スカーの中で呆然という感情は消えず、しばらく入り口の前で立ち尽くした。

スカーは自分の家を探した。子供のころの記憶で場所も曖昧にしか覚えておらず、壊された道や建物はどれも同じ風景に見える。自分が今まで破壊に加担した街並みとも、同じに見えてきた。

結局どこがどんな場所だったかも思い出せないまま、スカーは瓦礫の岩に座り込んだ。
うつむいてと、道端に花が咲いていることに気が付いた。

「踏まれるといけないから、ここに植えなおそう」

日々砕かれる安寧の中で、弟とともに笑いあったこの一瞬。
かつての日々に感じた思いが胸に去来し、スカーは胸を抑えながらしばらくうつむき続けた。
弟を置いて故郷から脱出し、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
どれほどまでに、自分は変わり果てた存在となったのだろうか。
もう今更戻れないあの頃の自分。スカーがそれを取り戻すには時間も精神も変わり果ててしまった。

 ̄ ̄故郷を背に、彼女はその場を去った。
 ただただ時間は過ぎていく。失った人と家は戻らず、世界中では戦いが終わらない。
 奪い奪われあうこの地表で、幸せだったあの日々が、年月とともに通り過ぎていく。

 そんな世界でも、弟(あなた)を思い続けながら、この青空の下で生きつつづけよう。
 砂煙が晴れ、砂漠の向こうにある町に目を向けて、スカーは歩みだす。

  ̄ ̄砂煙に包まれ、人のいなくなったその町に。
 ただ一輪咲いた花の傍に、供え物というには無骨な猟銃が、瓦礫に立てかけれられている。


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