夢の中の風船
もう何もいらないと思える日没がくる
その帳の端にガスライターで火をつける
煙草をふかして夜の長さを計っていた
順番に人がやってきて
彼らと待ち合わせていたことを知った
夢の中で出会う人々は見つめるほど
輪郭が霞む
だから各々が誰なのか確かめることはしなくていい
私が
語らなくても
書かなくても
痛みを追いかけなくてもいいという冷たい水を
与えてもらえるのを待って
部屋の隅でじっとしている枯れそうな鉢植え
そのような私のすがた
を見ていて欲しかった
あるいは風邪を引いていた
そういう誰かと出会えるという、甘い風邪を
「その風邪を誰から受け取ったの?」
「気づいたときには持っていた。きっと母国語のようなものだ。」
夢の中に
風船を抱いている人がいた
奇妙で曖昧な音楽の中で
大事そうに抱いていた、それを
手渡してくれた
キスをしてくれた
もう何もいらないと思える日没のあとの世界なので
もう日が登ることもないらしい
だから安心して何度もキスをした
正しい煙草の吸い方を教えあった
それから二人で小さな涸れ井戸を見つけて、降りていった
井戸の底には何もなかった
そこでわたしたちは
風船を手放した
その風船はまっすぐ井戸から登って
そのまま空の天辺に届いて、新しい太陽へと変わった
激しい光が目を刺した
わたしたちは全てを失った
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