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『泥靴』

藤池さんはこんな話を聞かせてくれた。
初夏の出来事だという。
わりとその年は例年に比べ梅雨入りが早かった。
梅雨が明ければまた蒸し暑くなるだろうという予報に、いささか暑さが苦手な藤池さんは覚悟していたという。
朝からじとじとと雨が降る日、玄関に見慣れないものが置いてあるのに気づいた。
それは靴。
見たところ子供用の靴のようだ。
ただし、
靴いっぱいになぜか泥が詰まっていた。
誰の靴だろうか。
もちろん自分の靴や、家族の靴でもない。
全く心当たりがない。
両親が亡くなってから、一人住まいであるから、
玄関にあるのは、自分の靴だけ。
なのに、いつからかそんな靴を見かけるようになった。
触るのも気持ちが悪いので、放っておいたという。
なぜか、いつの間にか消えているという。
そして一番気持ちが悪いのは、まるで靴が移動しているように家の至るところに神出鬼没に現れるのである。
あるときは、戸棚に。あるときは茶箪笥に。
机の下、風呂場、トイレなど。
それも必ず雨の降る日にだけ現れることがわかった。
友人が遊びに来たとき、酒を飲みながらその話をすると今日は、雨降りだがまだ見つけていないことに気づいた。
探そうということになり二人がかりで探すのだが、いつもは簡単に見つかるはずなのに見つからない。
だが、一ヶ所だけ見ていない場所がある。
それは、仏壇の中だ。
まさか、こんなところにとは思ったが、開けてみる。
すると、両親の遺影と位牌のそばに靴が置いてある。
それには、さすがに参ったが、
その靴は小さい子供のように隠れん坊していたんじゃないか。
そしてこちらが見つけると満足するのではないかと友人に言われ納得した。
それ以来靴は満足したのか、もう二度と現れることはなかったという。

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