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【連載】『わたしが推した神』(毎週金曜更新)

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1912年3月。わたしは神”と出逢ってしまった──。 有名バレエ団「バレエ・リュス」の絶対的エース、ニジンスキーを推し過ぎて人生を狂わせた女性ロモラの、波乱と矛盾に満ちた物語。
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【連載】『わたしが推した神』もくじ&登場人物紹介

イントロダクション1912年3月。 わたしは「神」に出逢ってしまった──。 有名バレエ団の絶対的エース、ニジンスキーを 推しすぎて人生を狂わせた女性ロモラの 波乱と矛盾に満ちた物語。 2021.3.12 連載開始 毎週金曜日 最新エピソード更新 もくじ プロローグ ACT1 SCENE1 結婚したくない! SCENE2 会いに行けないバレエダンサー SCENE3 遠征費がほしい! SCENE4 ニジンスキー、燃える。 SCENE5 失意の初対面 SCENE

『わたしが推した神』改め『ニジンスキーは銀橋で踊らない』刊行

すっかりnoteでのご報告が遅くなりましたが……! 2021年に当noteでもACT1(第1部)を連載しておりました作品『わたしが推した神』が、大幅改稿を経て、『ニジンスキーは銀橋で踊らない』として5月末に刊行されました。 WEB連載を応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。 『ニジンスキーは銀橋で踊らない』 河出書房新社/かげはら史帆 1912年3月。「わたし」は「神」と出会った……「バレエ・リュス」のエース、ワツラフ・ニジンスキーに。中島京子さん、宇垣美

連載『わたしが推した神』掲載先移行のお知らせ

noteにて連載をしておりました『わたしが推した神』の掲載先を個人サイトに移行いたしました。 本日からACT2の連載がスタートしました。ぜひ下記サイトにてお読みください。 なおACT1はnoteにも当面残します。

【連載】『わたしが推した神』0 プロローグ

 ことばを、失った。  しなやかで……  猫のようで……  いたずらっぽくて……  キュートで……  羽根のように軽く……  鋼のように強く…………  彼女がそんなふうに「神」を語れるようになるのは、20年以上あとのことだ。  1912年3月。  そのときの彼女は、完全にことばを失っていた。  オーケストラ・ピットから響くメロディには、聴きおぼえがあった。  たしか、もとはピアノ曲だ。ロベルト・シューマンの『謝肉祭』。姉のテッサが、実家のサロン・ルームで弾いていた。

【連載】『わたしが推した神』ACT1-1 結婚したくない!

←プロローグにもどる 「結婚したい、結婚したい、結婚したい……」  薔薇色の肘かけ椅子にもたれながら、ロモラは口ずさむように繰り返した。お気に入りの黒いベルベッドのロングドレスを、脱ぎもせず、うっとりと指で愛撫しながら。  開いた窓からは、春先のまだ冷たい夜風が入ってきて、火照った身体をうるおす。  あのひとが、この窓から部屋に飛び込んできたらいいのに。  ここは、ハンガリーの都市ブダペストの郊外。女優である母エミリアが先月建てたばかりの大屋敷だった。玄関は劇場のエン

【連載】『わたしが推した神』ACT1-2 会いに行けないバレエダンサー

←ACT1-1にもどる ←最初から読む 「いない……」 「赤のサロン」の片隅で、ロモラは失意をかみしめていた。  母エミリアの社交好きな性格のおかげで、プルスキー家は、昔からブダペストの文化人たちの溜まり場になっていた。国外からやってきたアーティストも、人脈を求めて彼女のもとを訪ねる。  バレエ・リュスのダンサーたちは、この新居に招かれた最初の外国人アーティストとして、サロンで終演後のひとときを満喫していた。  バレエ・リュス。  彼らは、旅するバレエ団だ。  1909

【連載】『わたしが推した神』ACT1-3 遠征費がほしい!

←ACT1-2にもどる ←最初から読む  実際、この“ご新規さん”──ロモラ・ド・プルスキーの情熱は凄まじかった。  ウィーン巡業にまでくっついてきて、客席で目をらんらんと輝かせている。そこまではまだわかる。わずか1ヶ月後に、はるばるパリのシャトレ座にも姿を現したときには、さすがにボルムやほかの団員も仰天した。20歳そこそこのハンガリー娘が、パリの貫禄と気品に満ちた紳士淑女たちに混ざって、一等の席に座っているのだ。  ファッションもずいぶん垢抜けた。Vネックが際立つポール

【連載】『わたしが推した神』ACT1-4 ニジンスキー、燃える。

←ACT1-3にもどる ←最初から読む  ロモラがなんとしてでもパリ公演に行きたかった理由。  それは、ニジンスキー自身の振付作品の初お披露目だった。  自分で自分の出演作品を振り付ける。  運営サイドが用意した曲を歌っていたアイドルが、はじめて自分で作詞や作曲をして、ギターを抱えて弾き語りをするようなものだ。  観ずには、死ねない。  美しい彩色とデザインの大判のプログラムには、こんなタイトルが記されている。 「牧神の午後」  音楽は、クロード・ドビュッシーの「

【連載】『わたしが推した神』ACT1-5 失意の初対面

←ACT1-4にもどる ←最初から読む 「わたし、やっぱりバレエ・リュスに入団したいの!」  1912年の暮れ。半年ぶりに再会したロモラの前で、バレエ・リュスのダンサー、アドルフ・ボルムは小さなためいきをついた。  ロモラとはすでに気安く口をきく仲だ。パリでもオフの日にいっしょに遊んだし、この2度目のブダペスト巡業でもしょっちゅう顔を合わせている。楽屋口から出てくると、まっさきに自分の姿を見つけ、手を振りながら駆け寄ってくる。パティスリーのホット・チョコレートを飲みなが

【連載】『わたしが推した神』ACT1-6 ディアギレフPのオーディション

←ACT1-5にもどる ←最初から読む  それから間もなく。  ロモラは音楽評論家ルートヴィヒ・カルパートのあとについて、ホテル・ブリストルのレセプション・ルームに足を踏み入れた。  ディアギレフは構想のメモがぎっしり書き込まれた黒い手帳を閉じ、椅子から立ち上がると、にこやかにふたりを迎え入れた。  もちろんきょうの本題は、カルパートとの芸術談義だ。しかしディアギレフの興味は、むしろ「口実」として現れた若い娘の方に向いていた。  彼は女性ファンと交友するのが好きだった。

【連載】『わたしが推した神』ACT1-7 性って、なあに?

←ACT1-6にもどる ←最初から読む  フランス・カレー行きの列車に乗り込みながら、ロモラははしゃぎまくっていた。 「ねえアンナ、あなたスパイになれるんじゃない?」  肩をすくめて、使用人(シャペロン)のアンナは隣の座席に身を沈めた。ロンドンまでの道のりは長いというのに、すでに疲れている。ニジンスキーが乗る列車を調べてこいという命を受けて、先ほどまであちこち奔走していたのだ。そのかいあってか、真昼のパリ北駅のプラットホームにぶじ彼の姿を見つけ、ロモラは勝利の悲鳴をあげた。

【連載】『わたしが推した神』ACT1-8 21日間のチャンス

←ACT1-7にもどる ←最初から読む  ディアギレフとニジンスキーの仲がかんばしくないという噂は、どうやら本当らしかった。  ロンドン公演のあと、8月から予定されている南米大陸へのツアーに、ディアギレフは行かないという判断をした。  とき1913年。かの有名な「タイタニック号」沈没の悲劇が起きた翌年だ。かつ、ディアギレフはもともと船が大の苦手だった。乗らずに済むなら、それに越したことはない。  とはいえ少し前ならば、ディアギレフが自分の同行なしにニジンスキーを長旅にやる

【連載】『わたしが推した神』ACT1-9 「結婚したい!」から遠く離れて

←ACT1-8にもどる ←最初から読む  おそらくディアギレフは、南米に行くかどうかぎりぎりまで迷っていたのだろう。彼は自分の名前で1等船室をおさえていた。  部屋は「Aデッキ 60番」──ニジンスキーの部屋の隣である。    やはり行くべきだった。  彼が休暇先のヴェネツィアで激しい後悔に襲われるのは、エイヴォン号が南米大陸にぶじ到着した後のことだ。  船は沈没しなかった。  バレエ・リュスの一行はぶじ、巡業先にたどりついた。しかし、彼のかけがえのない薔薇の花は、無残