立会川の名店とぶどうジュース男の絶叫
ヤハギくんから、
「久しぶりに大将いきたくなったのでどうですか?」
と連絡をもらった。
そういえば神田に越してきてから、一度も大将にいってなかった。タイミングもよかったので旧友のイトウ女史にも声をかけ、3人で水曜日に大将を訪問することになった。
大将というのは立会川にあるもつ焼きのお店「お山の大将」のことである。このお店を最初に訪れたのはコロナの前だから5年くらい前になるだろうか。
立会川は坂本龍馬ゆかりの地というブランディングをしているようで駅近くの児童公園には坂本龍馬のブロンズ像が立っている。土佐藩の鮫洲抱屋敷があり、若き龍馬はこの地で守備についていたとのことであった。
龍馬像を眺めながら、川を超えて、大通りの方に3〜4分歩いたあたりに「お山の大将」はある。このお店、ひとりで入店する分には問題ないのだが二人以上の場合は「揃っている」必要がある。最初はこのルールに面食らうのだが実は例外がある。メンバーに女性がいる場合だけ、大将によってルールが変更されるのである。例えば、男性二人組のうちひとりが先に来たとしよう。入店しようとすると店主に「揃ってる?」と聞かれる。男性が「ひとり後できます」と返答すると「じゃあ、揃うまで待ってて」となる。
ところが、女性がひとりで来店し「ひとり後できます」と応えた場合、大将は数瞬考える素振りの後、「揃ってないと駄目なんだけど、立って待ってるの大変だろうから座ってまってて」と神対応を展開するのである。これには幾つかバリエーションがあり冬場だと「寒いから中入ってな」となる。
我々はこのシステムを知っていたので駅で待ち合わせ「揃ってる」状態で店に向かった。
入口でメガネにハチマキの店主(以下、大将)に入れるかきくと、大丈夫とのことであった。入口右側、奥のテーブル席に案内された。もつ焼き屋なので雑然とはしているが、店舗は整理整頓がゆきとどいている。大将はなかかなかに几帳面で「荷物はこのカゴにいれてねー」と通路に客の荷物がはみ出すことを嫌う。
店内は奥の座敷に6人組、真ん中にテーブル3つをくっつけた7人組が陣取っている。カウンターには3〜4人の若い客。今日はなかなかに繁盛しているようだ。
大将が黄色のタオルを持ってきて、
「おつかれさまー。飲み物どうする?」
と注文を取りに来た。
飲み物を頼むと1分とかからずに提供され、
「なんか焼く?盛り合わせもできるよ」
とのことだった。ここで盛り合わせを頼むと楽ではあるが、注意しなければならない。なぜなら、大将の串は安く、デカく、美味しいのである。
「いろいろ食べたいのでちょっと考えます」
と検討することにした。木札をみるとすでになくなっている串もある。ここはホワイトボードに書かれた今日の限定串を組み込んでひとり3本くらいを目処にまずは初回のオーダーとしたい。
検討の結果、矢作くんのリクエストで
「ホルモンミックス」
「めがね」(串)
「しろ」
「あぶらかしら」(かしらが既に品切れだったのでカシラ系はこれしかなかった)
「チーズはらみ」
をオーダーした。
「はーい」
と調子よく大将の声が響いた。通常のもつ焼きの場合、オーダーしてから出てくるまでに焼き物は結構時間がかかる。しかし、大将の場合、焼き物がかなり高速でサーブされる。時間にして数分だと思う。油断して、串の盛り合わせを頼んでしまうと大量の串が入店してまもなくサーブされる。
熱いうちに食べたいので黙々と食べ進めることになり、20分後には満腹という事態に陥る可能性が高い。よって、オーダーは盛り合わせではなく、単体で刻みでいった方がいろいろ楽しめるのである。
ほどなく、串が運ばれてきた。
はじめて頼んだ「めがね」は抜群の味で「おぉ!」と3人とも唸った。焼きが美味いし、火入れ加減が上手いのである。
次に「しろ」が運ばれてきた。「しろ」とは豚の大腸なのだが、店によってはゴムのような「しろ」を出すところがある。なので「でん」系列か「大将」でしか「しろ」は食べない。(新宿の鳥茂のような高級焼きとんは美味しいけれど値段に数倍の開きがある)
「しろ」もやはり別格、この価格でよくこのサイズ、味が維持できるものだと感心してしまう。
一息ついたところで、矢作くんと伊藤の近況でもきこうとするとヤケに真ん中のテーブルのグループが騒がしいことに気づいた。話をきいていると「先生」「主任」という言葉が飛び交っている、おそらく中学か高校の教員のグループなのだろう。
最近は目にすることが少なくなった「昭和の宴会」が展開されている。テーブルを図にすると
[A] [B] [C] [D]
———————
———————
[E] [F] [G]
こんな感じである。観察すると特定の2名の出す「音」によって騒がしさの8割がつくられているようだった。図のAとBである。Aは出来上がっており、とにかく声が大きい。Bは楽しそうに話をしているのだが笑い声のボリュームが半端ではない。店舗全体が共鳴しているのではないかと思うような振動をともなった笑い声を数分おきに発するのであった。この二名が隣り合っていることで、大声→笑い声のサイクルが再帰的に発生し、反復増幅され、およそ10分おきに店内ではもはや会話が不可能なレベルの「音」を発生させているようだった。
Aの話から判断すると、どうやら数名が柔道をやっているようである。そう言われてみてみるとAとFの体格はこんもりとしており、耳は「ぎょーざ」状態になっている。(餃子耳とは格闘技で、繰り返し加わる圧迫や摩擦刺激によって耳が変形した状態のことを指す。)
さて、中盤戦になってきたので追加でオーダーをすることにした。このお店、串は基本100円と異常に安い。なのに美味しいし、大串という素晴らしいパフォーマンスなのだが、更にその上を行くスーパーパフォーマンスのスペシャリテが存在する。それが「目玉焼き」である。
は?目玉焼きって普通じゃない?
と思われるかもしれないがこのお店の目玉焼きは普通ではないのだ。表現が難しいのだが仕立てとしてはお好み焼きに近い。千切りキャベツにマヨネーズ(ドレッシングもちょっと入ってるかもしれない)を和えた下地の上に目玉焼きが載るのだが、目玉焼きは両面焼きでかつ表面が黒い粉で覆われいる。粉は魚粉で目玉焼きをお好み焼き風の何かに変貌させる効果がある。
このビジュアルも結構なインパクトなのだが、問題は卵の数である。なんとこのお店、目玉焼きは1個〜10個までカスタマイズ、増量が可能で値段は1個でも10個でも同じというとんでもない仕様なのである。
同行している二人に相談すると
「目玉焼きいくと満腹なっちゃいますよねー」
とのことで、今回は3人で4個というかなり控えめのオーダーでいくことにした。ついでに飲み物もオーダーする。
大将は、酎ハイ180円、緑茶割り150円、ビー酎180円と飲み物が驚異的に安い。ビー酎というのは、酎ハイをビールで割った爽やかな飲み物でクイクイ飲むことができる。二杯目以降はビー酎にすることが多く、この日もビー酎でいくことにした。
「あと、ビー酎お願いします」
と店員さんに伝えるとほどなくビー酎が運ばれてきた、軽く口に含むと思っていたよりも爽やかな味わい。幾らでも飲めそうである。この味も久しぶりだなー、と味わっていると昭和の宴会テーブルから
「ブー酎、3つお願いしますー」
とAが大声で叫んだ。
ブー酎(250円)というのは生(き)の焼酎をブドウ酒で割った凶悪な飲み物でひとり3杯までオーダーすることができる。もつ煮、もつ焼きのお店では同種のお酒を出すところが多く、どの店でもだいたい3杯が上限になっている。というのもこのお酒、甘めのぶどう酒で割ってあるため飲み口は悪くない。しかし、値段からもわかるように焼酎は甲類であり、二杯もやればベロンベロンに酔っ払う。お酒の弱い人なら3杯で天井が回る。お酒に強い人でも翌日は夕方まで二日酔い確定という代物である。
昭和の宴会席が騒がしい背景には、どうやらこのブー酎が影響しているようで、全員のテーブルの前にはタンブラーに入ったぶどう色の液体が鎮座し、Aのグラスには幾度か生(き)の焼酎とぶどう酒がサーブされた。かなり仕上がってきたのだろう、Aは
「もう、ブー酎、3つやってますよ。S先生、は麦茶とぶどうジュースしか飲んでナイッ!なんでですか!!!」
と叫んでいる。その度に、Bのバカ笑いが発動し、店全体が音によって揺れ、会話不能なレベルの音場がつくりだされる。もはや、これは有る種のアトラクションといってよいレベルである。
これが幾度か繰り返されたあと、とうとう、大将も注意にいったようだったが、その度にAはブー酎を追加オーダーし、
「もう、ブー酎、4つやってますよ。S先生、は麦茶とぶどうジュースしか飲んでナイッ!なんでですか!!!」
と絶叫、Bのバカ笑いに引火、お店全体が共振、音場の崩壊というループが繰り返されるのであった。そして、そのたびに、Aの対面に座っている若い教員と思われるEがお店と周りに、すみませんとばかりに頭を下げているのが見えた。
入店して1時間くらいたっただろうか。
満腹かつ、Aのテーブルの昭和な宴会劇もイナフな感じだったので、立会川の商店街を散歩してから大井町に流れようという話になった。大将に会計をお願いすると
「ごめんねー、うるさくてー」
と大将がひとこえ添えてくれた。席を立というとすると、大将が
「はいこれシメねー。あとラストオーダーね」
といって、昭和の宴会テーブルに巨大な白い角皿の一品を持ってきた。お皿には魚粉でコーティングされた最大量の目玉焼きに覆われたチャーハンの丘、脇にはたっぷりのキャベツとマヨネーズ、が盛られている。
大将、恐るべし。飲み放題のコースにはこんな暴力的なシメが用意されていたようだ。
あの盛りはすごいね、などと言い合いながら、店を出ようとすると
背後から、
「もー、S先生、ぶどうジュースしか飲んでナイッィィィイー!ビー酎7つ!!」
と絶叫するAの雄叫びがきこえた。
昭和の宴会は、まだ終わらないのであった。
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