俺の妹がこの中にいるなんて信じられないんだが?③

【注意】
①本作は、カバー株式会社ならびにホロライブグループの持つコンテンツを利用した二次創作です。
②登場人物に関する介錯違いはご容赦願えると幸いです。


アイデア元動画

https://youtu.be/dpEM6MyUjx8

 「秋ハ夏ノ焼ケ残リサ」と書いた詩人は誰だったか。
 一向に涼しくならない秋の気候にうんざりしながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 大学に入学して既に一年と半年近くが過ぎた。ひとり暮らしをしてみたいという思いだけで実家を飛び出して、大学から徒歩五分の下宿に越してきたものの、これが意外に大変だと気付くのにさして時間はかからなかった。

 もしも「ひとり」ですべての家事をしなければならなかったなら、きっと今頃俺は干上がっていたに違いない。

「ただいまー。あれ、もう帰ってきてるの?」
「おかえり。今日はちょっと体調悪くってさ、五限は自主休講にした」

 インターホンを鳴らすこともなく、合鍵を回して入ってきたのは、

「えっ! 大丈夫!? 熱は測った!? お薬は!? あ、救急車呼ばないと!」
「そこまで大袈裟なもんじゃないよ。ちょっと体がだるいくらいだから」

 麗羽るしあ。ひとり暮らしの男子大学生の部屋の合鍵を持っているなんて、さながら交際している彼女のようだが、

「お兄ちゃんが心配なの! 今日はもうこっちに泊まって、ずっとお兄ちゃんの看病するから……」

 るしあはれっきとした血の繋がった妹であり、ここへ来たのも、高校の授業の後、わざわざ足を運んでくれているのだ。
 それも、高校から実家までの道中に立ち寄ってくれているのではなく、実家とは逆方向に、半時間ほど電車に乗ってきてくれている。

「とにかく、ご飯作るね! 今日はハンバーグにしようと思ってたけど、雑炊にしちゃうね」

 そして、彼女のいないひとり暮らしの男子大学生を冷やかしに来ている訳でもなく、遊びに来ている訳でもなく、こうやって甲斐甲斐しく家事をやってくれている。
 これを週に五、六日、つまりほとんど毎日続けてくれているのだから、頭が上がらない。

「いや、いいよいいよ。ご飯はふつうに食べられるから」
「本当に大丈夫? るしあは、お兄ちゃんが心配なの……」

 こんな調子だから、このままでは妹に家事をやらせて自分はのうのうとしているクズ男になってしまうと思い、るしあに無理はしなくていいと、かつて伝えたところ、

「なんでそんなこと言うの? お兄ちゃんはるしあが嫌いなの? るしあはお兄ちゃんのことがこんなにも大好きなのに。もうるしあはここに来ちゃダメなの? お兄ちゃんのご飯を作ったらダメなの? そんなこと言うお兄ちゃんなんて……」

 料理に使っていた包丁を持ったまま詰め寄られたので、ありがたく親切に甘えることにしている。

 エプロンを身につけ、てきぱきと調理を開始するるしあの後ろ姿をベッドの上から眺めながら、自身の不甲斐なさを呪ったのだった。

 …………
 ……
 …

「おいしい? お兄ちゃん」
「うん、うまい」

 今日も今日とて、るしあが作ってくれた食事を口へ運ぶ。今晩のメニューは豚カツ。
 ひとり暮らしの環境では、揚げ物は油の処理が面倒だし作る気にはなれない。けど無性に食べたくなってきた。
 ということを、ぼそっとこぼしてしまったところ、いつにも増してるしあが張り切り、食卓に並んだ次第である。

 るしあには本当に感謝してもしきれない。日々の家事ももちろんのこと、俺のワガママにも文句ひとつ言わず応えてくれる。

「るしあ。いつもありがとうな。……でも、こんなお兄ちゃんのことなんか構わなくたって、自分の好きなことをしていいんだぞ。友達とカラオケ行ったり、買い物したりとか」
「るしあのやりたいことはお兄ちゃんのお世話だから。お兄ちゃんがるしあの料理でお腹いっぱいになって、るしあが綺麗にしたお部屋で寝起きして、るしあが洗濯したお洋服を毎日着てくれているだけで、幸せだよ? お兄ちゃんが世界で一番好きだよ、お兄ちゃんは?」

 まっすぐに目を見つめながらそんなこと言われて、息が詰まる。ならばせめて、るしあの献身に何かお礼はできないかと思い、

「だったら、なにかしたいことはないか? それか、してほしいこと。るしあの頼みだったら、なんでも聞くぞ?」

 と、口走った瞬間、るしあの目の色が変わった気がした。

「ほんと? だったら、るしあはお兄ちゃんと結婚したいな。いまみたいな通い妻じゃなくって、同じ家に住んで、毎日お兄ちゃんのお世話をして、お兄ちゃんが学校に行くのを見送って、そうやって、幸せに暮らしたいな」

 うっとりとした表情で、ほとんど息継ぎなくそう呟くるしあには、さしもの俺も顔を引き攣らせるしかない。

「そ、それは、ちょっと、まだ、無理、かな? まだ、というか、まぁ……。それ以外だったら、なんでもいいぞ?」
「それ以外はいらないかな。るしあは、お兄ちゃんさえいれば、ほかになにもいらないもん」

 きらきらした瞳でそう語るるしあ。
 揚げたてのはずの豚カツが、急に冷めたような気がした。

 …………
 ……
 …

 ベッドの上にごろ寝しながら、スマートフォンをいじる。夕食を食べ終わり満腹になった腹をさする。
 もちろん、胃の中身はるしあの手料理。そして当の本人はといえば、いまは風呂の掃除をしてくれている。

 不意に、画面の上部に通知が光る。同じゼミの友人からのメッセージで、飲み会のお誘いか何かだと思って開いたところ、

『ついに俺にも彼女ができたぜ!イエ~~~~~~~~~~~~イ!!!!!!!!!』

 というものだったので、思わずスマートフォンを放り投げそうになるのを、なんとか堪える。代わりに、ベッドを一発殴って鬱憤を発散させる。

「彼女、かぁ。俺も欲しいなぁ」

 なんて、気の抜けた口ぶりで嘯いてみる。
 実際のところ、彼女というものが一体なんなのか、そんなことすらあやふやなのが現実だ。いったいなにを以て彼女なのか。告白を受け止めて貰えたら?キスをしたら?セックスをしたら?
 それとも、手料理を振舞ってくれたら?一緒にご飯を食べたら?一緒にどこかへでかけたら?
 自分にとってどんな関係性の人間を、果たして彼女と呼ぶべきなのか。

 そんなふうなことばかり、頭の中でぐるぐると考えてしまい、我ながら情けない。こんな調子だから、大学生になって、彼女ができないのだと自嘲してみる。

「お兄ちゃん……?」

 と、堂々巡りの思考迷宮から意識を現実に引き戻してくれたのは、るしあの声だった。

「ん、どうした?」

 よく見れば、るしあの様子がおかしい。うつむいた前髪に隠れて表情を読み取ることはできないが、なんというか、悲劇的とでも言うべき雰囲気を発している。

「もしかして、風呂の中で転んで怪我したか?」

 首を横に振るるしあ。

「それとも、風呂の配管が詰まって水が流れていかないとか?」

 またしても首を振る。

 ならばほかに風呂掃除をしていて起きそうなアクシデントといえば、と考えかけたところで、るしあが一歩こちらに歩み寄りながら、

「ねぇ、お兄ちゃん、さっき、なんて言った……?」
「さ、さっき? さっきっていうと?」

 ひたり、ひたり。すこしずつ近づいてくるるしあに恐ろしいものを感じて、ベッドの上を後ずさる。

「ベッドを叩くみたいな音が聞こえて、それから、お兄ちゃん、なんて言ったの……?」

 すぐに壁に背中がぶつかり、しかしるしあの歩みは止まることはない。

 俺が友達からのメッセージにイラついてベッドを殴ってから、るしあが風呂掃除から戻ってくるまでの間に口に出した言葉、それはひとつだけだ。

「えっと、彼女が、欲しい、って。いやでも、そんな本気じゃなくって、彼女が出来て喜んでる友達が妬ましいとか、そういう話で……き、聞こえてたんだ?」
「お兄ちゃんの声なら、るしあはどこにいても聞こえるもん」

 ベッド際まで迫ってきたところで、るしあがぴたりと立ち止まる。そして、俯けていた顔が、おもむろに上がっていく――

「ねぇ、るしあはお兄ちゃんが世界で一番好きだよ、お兄ちゃんは?」

 目が合ったるしあは、俺を見つめているようで、しかしどこも見ていないような、まるで、ハイライトの消えた目をしていたのだった。

 …………
 ……
 …

 大学からの帰り道。
 友達の少ない俺は基本的にひとりだ。別に、人間強度が下がるから友達を作りたくないとか、高邁な信念がある訳でもなく、ただただコミュ障が苦手なだけだ。

 けれど、そんな俺にも人付き合いが皆無という訳でもなく、たとえば、同じゼミの同級生とは少なからず交流がある。

「それじゃ俺君、今夜リマインド回すから、ちゃんと目を通しておいてね」
「りょーかーい。そっちもバイト頑張って」

 彼女とは、ゼミでも何度か話したことはあったが、俺みたいな人間にも気さくに接してくれる。彼女のアルバイト先が俺の家をもうすこし言ったところにある居酒屋らしく、今日は大学帰りの道中を共にしたのだった。

「ただいまー、っと。今日は珍しくるしあはいないのか」

 まぁ、るしあにだって本人の生活があって事情があるのだから、来ない日もある。とはいえ、それはそれで今日の夕飯はどうしようかと考えながら、靴を脱いだその時だった。

「…………」

 物音がして振り向くと、そこには両手に買い物袋を提げたるしあが、ちょうど扉を開けて入ってきたところだった

「おかえり、るしあ。って、おかえりって言うのも、なんか変な感じだな」
「…………」

 返事もなくるしあは部屋に上がり、やはり無言のまま買ってきた食材を冷蔵庫へしまっていく。

「るしあ?」
「…………」

 いつもなら、ここで本日の晩御飯のメニューを教えてくれて、鼻歌交じりに料理に取り掛かるのだが、今日はこちらに一瞥もくれないまま、口を真一文字に結んだままキッチンの前に立った。

 規則正しい包丁の音が聞こえ始め、それからしばらくして、

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 聞こえるか聞こえないからくらいの声で、るしあが呟いた。

 ベッドに寝転んだ姿勢のまま首だけでキッチンの方を見ると、調理の手を停めたるしあが、こちらを見つめていた。

「どう、した?」

 そのままずっと目を合わせ続けているが、それ以上るしあは口を開かないまま、けれど一歩ずつこちらへ近づいてくる。

「…………」
「おい、るしあ――」

 ただならないものを感じて、立ち上がろうとしたその瞬間、顔のすぐ真横をすさまじいスピードで何かが通り過ぎていった。横目でちらりと見ると、壁に包丁が突き刺さっていて肝が冷える。

「あの女の人、誰……?」

 気が付くと、るしあがすぐに目の前にまで来ていて、いまにも消え入りそうな声で囁く。

「あの女の人って、……」
「今日、一緒に帰ってきてたでしょ? るしあ、見てたんだから。お買い物が終わって、お兄ちゃんのお部屋に帰ってくる途中、お兄ちゃんを見つけて声を掛けようとしたら、そしたらお兄ちゃんが知らない女の人と一緒に歩いてた。楽しそうにお話ししてた。距離が近かった。……」

 光を喪ったような目で見つめられて総毛立つ。息が詰まる。手指の感覚が鈍くなっていく。目を逸らそうとして、しかし金縛りにあったみたいに体が動かない。

「ねぇ、誰なの……? お兄ちゃん、答えてよ……」
「――――」

 ただのゼミの同期だよ、それだけの言葉が、喉が張り付いてしまったみたいになって、音をなさない。それどころか、唇さえピクリとも動かない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃん――」

 お兄ちゃん、と何度も繰り返し呟きながら、るしあが両手で自分の顔を覆う。
 何事かと思った、そしてその次の瞬間、

「お兄ちゃん、彼女なんて作らないでよ!!!!!!!!!!!!!」

 るしあが吠えた。

「あの女、誰よ!!!!!! お兄ちゃんに慣れ慣れしく近づいて、なんなの!!!!! お兄ちゃんと仲良くしていいのはるしあだけなの!!!!!!!!」

 鼓膜をつんざくほどの絶叫を発しながら、髪を振り乱しながら、周囲の家具を叩きつける。一瞬、目の前でなにが起こっているのか、理解できなかった。半狂乱になって暴れている少女がるしあであると、理解できなかった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」
「るしあ、落ち着――」

言葉をすべて言いきろうとする前に、
胸の辺りに、ドンッと衝撃が走り、
おそるおそる視線を下に向けると、
そこには俺の胸にうずまるようにるしあの頭があって、
思わず俺はそんな彼女の肩を抱きしめると、
見上げてくるるしあの表情は、
うってかわって天使のように愛くるしく、
ああそして、緑色の前髪の先端は、
赤黒く濡れていた。

…………
……

「ねぇ、お兄ちゃん。今日の晩ご飯は豚カツだよ。お兄ちゃん、好きだったよね。いつものところのスーパーで、豚肉が安かったから買ってきちゃった」

るしあが、冷蔵庫を開け、買い物袋の中身を分別しながら、楽しげに言う。

「んー、買いすぎちゃったかなぁ。冷蔵庫の中もまた片付けないと」

買ってきたものすべて整理して、エプロンを身につけキッチンに立つ。鼻歌を奏でながら玉ねぎの皮を剥いていると、開けっ放しにされた冷蔵庫が、ピーピーと警告音を鳴らす。

「んん……やだぁ、なんで玉ねぎってこんなに目に沁みるんだろ」

しかしるしあはそんなこと意にも介さず調理を続ける。手際よく豚肉に片栗粉と卵をまぶし、高音の油に浸すと、食欲をくすぐる音が聞こえる。

「ふんふーん、あとは、昨日作り置きしといたポテトサラダを盛り付けたらかんせーいっ、と!」

ご機嫌な足取りで再び冷蔵庫の前に立ち、タッパー手に取る。そして、

「……いつまでもずぅっと一緒にいてね?お兄ちゃん」

冷蔵庫に微笑んだ。

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