見出し画像

よとぎばなし

作・画 赤江かふお

 日頃お互いに忙しい中、一通りまとまった休みが取れたから、旅行計画を立てたんだ。ベタなんだろうけど、実は一度も行った事は無いような、古い温泉街へ。僕の下手な運転を笑いながらも、温泉に来るなんて久しぶりだと、はしゃぐ姿が、とても愛おしくてね。助手席に君がいることだけで、ああ、とても嬉しい。昼、宿について、荷物を置いて。そのままふらっと入った蕎麦屋は、観光ガイドに載っている店のようには混んでいないどころか、たった二人きりで、居心地がいい。僕は盛でいいと言うと
「僕は、せっかくだけど、おどんぶりがいいかなぁ。親子丼がいい。」
 そう少しはずかしそうに言った。君はどうも、女性である自覚があまりないのか、それとも単なるくせなのか、とてもナチュラルに、自分のことを『僕』と呼ぶ。子供のように性別を感じさせない事もあるんだろうな、それが愛くるしくて、その無邪気さこそ、魅惑的なんだ。この時はいつものよう、そう思っていた。
 宿へ戻ると、ちょうど部屋の準備が整ったそうで、またずいぶん古い台帳へと連絡先を芳名すると、キーを、フロントというよりは番頭といった方が違和感がない男性に渡される。
「この度は長旅大変ご苦労さまでした。」
 そう深々頭を下げる女将と仲居。そのま部屋まで案内される。奥に並んだ布団、そして欄間に見事な装飾があったので、ずっと眺めていると、仲居は袖を抑えつつ
「おわかりですか。こちら、当旅館創業当時、明治のもので、そろそろ三世代目が継ぐものでしてね、とても珍しい彫りなんです。」
 と教えてくれた。確かに、蜘蛛をあしらうセンスはそのあたりか。
「奥様には少し小さめの浴衣がこちらにございますので、お使いください。」
 そのまま家族風呂は二三時までと伝えられたが、何故か君はうつむいている。仲居が出たあと、すぐその理由がわかった。
「奥様、やってさ…。やっぱ、きちんとそう見えるんかな…。」
 顔を真っ赤に染めて、耳たぶを触りながら事実を確認する姿は、ギュッと結んだ口元のわりに、頬は少しほころんでいた。
 夕食付きのプランで申し込んだので、一八時に配膳に来るとのことで、やや二時間ほど余裕があった。本来ここで一度湯巡りへ繰り出すのだろうが、こんな所でもすぐにWiーFiガイドを探し、ラップトップやタブレットを開いてしまう自分達の世間ズレのようなものが恨めしい。
 が、君は、ふと思い立ったように、そのまま街へ出てもいい浴衣に着替える。
「ちょっと街、見てくるね。」
 タブレットに向かい仕事の確認をする僕の、ああ、という答えから、何故か逃げるように急いで出ていってしまった。そうだよな。そういえば、美人の湯だとかの、女性の美肌を謳う所も沢山あったし、そもそもあんな下手な運転じゃ、腰も疲れるよな。それに、君は実は、美しい物も、可愛らしい物も、とても好きだ。普段のボーイッシュな出で立ちと違った面を、僕は一番よく知っているんだ。さっき、土産物屋で、一見どこにでもあるような御守を見て立ち止まっていたもんな。
 僕の仕事は主に成人向けコンテンツを扱うものだけれども、やはり修正に関する連絡が、業務用アプリを通じて山のように来ていた。それを見て、これから逃れるためにわざわざ休みを取ったんだからなぁ、と急を要する物だけ返し、結局僕も浴衣に着替え、下階の自販機へとビールを買いに行く。窓際に応接用に並んだ椅子に一人腰掛けて、街を見下ろしながら、プシュッ、と音を立てて缶を開けると、グビッと喉から一口目を行ってしまい、自分もそれなりに旅疲れしていた事に気づいた。持ってきた文庫本を開いて、しばらく読んでいると、もう一七時半だ。
 ピーン、とプライベートな関係以外は一切使わないラインの通知を見ると、「いま、宿の前だから、すぐ着くよ。」とのこと。同時に部屋の電話が鳴って、フロントから、夕食の準備は時間通りでよいかと確認があり、そのままお願いした。お飲み物はいかがいたしましょう、という気遣いへ、さっきまでアサヒの缶を飲んでいた癖にサッポロを頼むのは、サラリーマン時代のクセのようで嫌だなと思ったが、夫婦二人してビール派だから。それに、君は僕のそういう一昔前のオヤジじみた所を、無邪気に笑ってくれるから。
 「いいお湯だったよ。露天風呂、行ってきた。」
 やはり土産物屋のサミット袋を下げた君は、中からご当地ラムネを取り出し、かわいくない? と、見せてビー玉を落とす。かわいいな、と返しがてら顔をじっくり覗く。少しだけ上気し、男の僕からしてもわかるほど、しっとりうるおった肌、それこそまるで昔のビールの広告のよう、整った目鼻立ちに、ふっくらピンク色に色づいた指先。ああ、もし、かの美人画家達なら、一体どう評価するのだろう。
 いや、彼らは往々にして、いつも少し新しいほうの美が好きだから、今目の前にある個性美は、自分の為だけに存在している気がする。その視線に気づいたのか、君と僕は、じっ、と見つめ合う。

 ―失礼します、お食事のご用意が出来ましたので、お上がりしてよろしいでしょうか。

 宿の仲居の声で、ふたりとも何故か、あっ! と、焦って人前の顔に戻る。高い山間のここで一番うまいものと言えば、川魚だが、やはり塩焼きをメインにして、山菜をカラッと揚げた天ぷらに、温泉の湯熱で充分蒸された
 小鍋の肉はなんとキジなのだという。どれも驚くほど臭みのようなものは感じない。それにこの一見ばらばらな並びにこそ、別にわざわざ気取らない
 プライベートさを見て、舌鼓を打った。僕らは本来、そこそこ大きな地方都市圏周辺出身に、就職は都内だから、郷土というものに多少憧れがある。
「奥様はお肌のきめが細かくいらしてね、美人の湯の華が綺麗に咲きますでしょうね。」と黒ラベルを注がれると、君は照れながら小声で
 ハイ…と答える。いちいちうつむきながら答える、シャイで、同性から褒めなれしない君の、なんて君らしくて愛らしい様、慎ましさなんだろう。
 食事を終えると、白飯がちょうど二膳分ほど残った米びつに、塩焼きの骨近くに残っていた身をきれいにほぐしたものを軽く混ぜ込んで
「ここに温かいお茶が入っていますから、お夜食にでも、是非こちらにかけて、お茶漬けにしてお召し上がりくださいね。」
 そうポットと一緒に残し、仲居達は綺麗に攫った夕膳を下げていった。
「あ~、腹、いっぱいだ。」ポンポンと腹を叩いて布団に寝転がる僕を笑いながら、君は鏡台でスキンケアのような事をしていた。女の人って大変だな。僕なんて髭剃り負けを防ぐ物しかつけないし、まぁ、清潔感さえあればいいからな。
 君はベビーパウダーをはたきながら言った。
「僕、この匂い好きやねん。……知ってる?」
「知ってるって、ジョンソン・エンド・ジョンソンだろ? 俺、子供の頃あせもが酷くてよく尻に叩かれてたしな。」
「うーんそうなんだけど、そういう事じゃなくてさ。」
 君は、振り向くと、寝転がった僕の顔を覗き込んだ。少しはだけた浴衣の隙間から、白く、とても整った……
「えっ……下着、つけてない……?」
「うん。せっかくお肌綺麗になるお湯なのに、見せる時に跡がついてるの、嫌やん。」ぐいっ、と、僕の片手を取って、浴衣の中に入れた。
「待て俺まだ風呂はいってな、」言い終わる前に、君の唇が僕の唇を塞ぎ、そして舌を差し込んだ。フワッ、と、ベビーパウダーの香りが漂った。
 そしていつもよりいっそう、唇がまるで薔薇のように、うっすら赤く……

 ああ、寝化粧、だ。君が鏡台に向かっていたのは、僕のための寝化粧だったんだ。

「お土産屋さんでな、貝紅見つけてん。ちょっと高かったけど装飾が綺麗で買っちゃった。…これくらい小指で少しなら、ティントみたいなものだしね。
 ほら、僕のこと触って。」
 言われるがまま乳房を揉んで、乳首に触れると、高い声で「あっ…」と。そのまま形成が逆転した。君は僕の香りが好きだと、風呂で流される前に、
 精一杯嗅ぎたいのだと、うふふと笑いながら、白い、とても白い裸体を僕の為だけに晒してくれた。
 そして思いついた。
「ちょっとだけ、絵を描いていいかな。」
 こういう時こそが月光荘のスケッチブックだ。僕はこれを単にファッションに、何一つ書いたり描いたりすることもない輩が持つ姿が、嫌いで仕方ない。
 筆記具とは筆記するためにある。少しだけiPadにしようか迷ったが、今の君は、僕の右手とユニの二Bの鉛筆だけで、より妖艶になる。そのはずなんだ。
 僕が、自称クリエイターとやらのハプニングヌードのようなものを蛇蝎の如く嫌ってしまうのは、あまりにもエロティシズムの解釈が甘い、に尽きる。
 恋人でも、愛人でもないような、ただ性ばかり主張しようとするヌードモデルなんてものは、しょせんダッチワイフ的存在であり、単純に脱がせた状態を捉えところで、それは単なる事実に過ぎず、極めて安易な扇情だ。他者の心をどう揺るがすかが本来の創造だろ。ならまず自分がどう揺るぐかだろう。そこを詰めなければ、発露だけで終わり、議論は起こりはしない。あんな世界は全く理解出来なければ、したくもない。カイなんとやら、遊べるなんとやらで一生遊んでいればいいのだ。申し訳ないが何一つ文化的ではない。
「うふふ、何真剣になってなってんの。またうるさい事頭でぐるぐるしてるでしょ。知ってんで、僕描いてる時、なんか楽しそうに怒ってるの。固有名詞
 めっちゃ出てるでしょ。」君はあー面白い、とアハハと笑い、ゴロッとし、別のポーズをとる。僕が君を静物と見ない事を知っているから。
「エスパーかな? いやでも俺はめんどくさいからな。」
「うん、めんどくさい。すっごくめんどくさいけど、僕めんどくさい人好きやねん。楽しそうに怒る人って、自分の信念に忠実だからでしょ。
 許せないものは許せない、って、凄く正直で素直なところがあるからでしょ。それが滅多に動かないからこそ、頭が常に物を考えて忙しい人だから。
 僕はそんな考える事に忙しい人に、当たり前みたいに受け入れられてるのが嬉しいし、けっこう独占してるな~、って思うからさ。」
 そう君が自分の告白に気づいて顔を覆った時、仕上がった。
「出来た、これ帰ったらでっかい絵にする。」
「やーめーとーきー、あれ荷物にしかなってないで。」
 コロコロ笑いながら、絵を覗き込む。こんな綺麗じゃないよ、と照れながら、僕の審美眼を、認めてくれる。
 そして、鉛筆で汚れた手を取り、指を絡めて、言った。
「早くエッチしようよ。声出さないの、家以外で初めてやん。楽しみにしてた。そこにあるさっきのお土産の袋、よく探して。」
 言われた通り、キスに夢中になりながら、片手でサミット袋の中を探すと、紙袋が入っていて、中にコンドームと、小さな容器に入ったクリームがあった。
「姫鳴かせ、俺実物初めて見たわ。」
「僕も初めて見たから買っちゃった。温泉街のお土産屋さんって、エッチだよね。」
「まぁ~元々温泉街がそういうところだからなぁ。飯盛女買うのがメインだから。」
 そのエッチな方の歴史を真面目に語る癖やめて、と笑いながら、実験してみようよ、といちばん積極的に目の前に体を開く君は、無邪気な子供ではない。女だよ。立派な女なんだよ。電気を消したって、窓から差し込む月明かり、街明かりが曲線を語る。
 こんなもの本当に効くんだろうか、と思いながらクリームを指にすくい、君の脚を開く。するとそこは既に熟れきった実から滴るよう、バルトリン腺液でテラテラと光っていた。
 震える突起物に塗り込もうとすると逃げるようにひっこむので、意地悪をしたくなり、少し無理やり剥く。君はこういうのが好きなのか、イヤイヤの顔をしながら「そこくすぐって…」と小さな声で言った。
 言われた通り、膣口からしたたるそれをすくい、周りから転がしたり、先をリズミカルに叩くと、だんだん息があがる。
 完全に固くそそり立つようになったので、右手の中指と薬指を挿入し、裏側からも充分擦りながら、左手で荒く扱いてやると、より息は弾み、そろそろかなと思うとやはり突然体を強ばらせ、腰を浮かしグッと伸びをするよう仰け反ると、「んぅ」と声を押し殺し、絶頂した。
 収縮を指に感じそこに入れたい、と僕の男性器はかなり素直に勃起をしていたので、君は僕のサイズが通常より少し大きい事を知っているから買ってきたんであろう、強度が高めのコンドームを被せる。視覚過敏で暗視気味だとこういう時は得だな、何一つ手こずらない。
 そうして脚を持ち上げ、亀頭を狭そうな入口にあてがうと、「入れて」そう言われるまでもなく、一気に押し込んだ。
 少し苦しそうに小さな声で「あ、痛いかも」と言ったが、僕はそれを無視して君の腰を自分の方へ引く。そして体全体を重ね、文字通り抱き合う形になると、あちらがぎゅっと腕を精一杯僕の背に回す。そして自ら腰で船を漕ぎ出した。
 二人して声や音を押し殺しながらもハァハァと、君は女の、僕は男の、ヒトが知的生物だからこそ得ることが出来た禁忌、繁栄とは切り離された快楽の為の性を、愛のもと嗜好する。
 女体とは本当に不思議だな。
 君はもう何度も来ているらしく、腰が止まらないのは、良すぎて頭がぼやけた状態をなるべく長く愉しみたいからなのだと、教えてくれた。
 確かに子宮口の横を突けば、ものすごい力で僕を食い止めるが、それに逆らって打つ度、全身から汗を噴出して痙攣している。
 お互い、音を立てないようにして、息苦しい中にもかなり激しく動くからか、脳へ酸素が上手くいかない。つくづくベッドでなくてよかったと思う。
 君が好き、好き、とうわ言のように言い出したあたりで、僕は名を呼んで、すると答えるよう君も僕を呼んで、僕はそのまま。
 ゴム越しに確かにわかる体温、ヌメリ、締め付け。君は高い声で、あぁー……。と掠れた声を静かにあげて、本来ならそのまま打たれる筈の射精を、
 さも本当に飲みこむように締め付けてくれた。
 夫婦間でもこうして壁を隔てているのは何かが怖いからじゃない。僕は君が若い頃に一度傷ついた事を知っている。
 君は優しいから、相手に何も告げず自腹を切った事も、キャリアに支障が出るにもかかわらず、周辺関係ごと全て静かに断ち切った事も、全部全部知っている。

 当然、夜叉の顔も知っているから。

 君の御両親が僕を信頼してくれたのは、僕が君のとても繊細な精神の持ち主であることを理解していて、
 その部分をいちばん大切に扱う人間と評してくれたからなんだよ。
 僕が以前の会社に勤めていた時、あまりにも業界に対する軽視がひどく、それに耐えられなくなり、心を病んで辞めた時だったな。たまたま入ったライブハウスで音楽を奏でる君を、ああ美しい人だなと、僕はそもそも音楽だって大好きだったなと、少しずつ感情を取り戻した。
 そして共通の知り合いが居たのでセッティングをしてもらい、勇気を持って、たくさんたくさん君の魅力を、一度口を開くと抑えきれないほどのそれを全てぶちまけて、お付き合いを申し込むと、快諾してくれた。そして寄り添ってくれたのも君だったから。
 命の恩人に対して責任を取れないなんて、男らしくないだろう。
 放心しながらくったりとした身体を抱きしめると、向こうも抱き返してくれた。そしてくすぐったいようにケラケラ笑いながら君は僕に、
 キスを。鳥がついばむようキスを続けながら。
「汗だくになっちゃったね。家族風呂、入りに行こっか。」
「行こう行こう。俺もう腰バキボキだから。」
「大袈裟やなぁ、車の運転が下手なのは自分のせいでしょ~。」

 カラン、コロン、カラン、コロン。
 カラン、コロン、カラン、コロン。

 僕を参謀のようにして、君は先をゆく。しっとり夜露で光った石畳が、仄暗いなか、軽快に鳴る。ついたそこは、極めてシンプルで、町の銭湯のようだった。ガ ララと開けて鍵を締めると、ケロリンダライ並んだ洗面所。湯船を見ると、なんと深い丸型だった。
 昔まだまだ私有地への侵入に甘く、廃墟写真が流行した時に中高生の時の知人が教えてくれた、マヤカンと呼ばれる神戸の観光ホテルにあったものと、おそらくおなじものだな。
 浴衣を脱ぎながら、まぁ一言で言うならよくこんな造りの湯船も残ってるもんだなと思うが、ここの創業は明治だったな。欄間なり何なりどうしても見てしまうのは、僕も古い建造物が大好きだからだ。
「熱いぞここ!」
「なーに言ってんの外の温泉もっと熱いで。まだ管理されてる方やねん。」
 君は僕が手を浸しただけでも熱いと騒ぐような湯へ …やっぱり女の人って痛みや熱さに強いんだな。ここも外と同じようアルカリ性だって、と、少し体を流してから、とぷんと湯に浸かる。僕は先にかなり丁寧に体を洗う。といってそこにあるボディーソープもシャンプー&リンスもエメロンなんだけど、エメロンも久しぶりに見た。
「あーあーあーあーあーもー、そんなゴシゴシ洗うもんちゃう、頭貸してみて。」と、湯船から出た君は、僕の後ろに回って、柔らかく頭を揉みながら
「あんまここ乱暴にやってたらハゲるで。特にエロの仕事ばっかやろ。」と洗ってくれる。もしかしたら君は、既に母性があるのかなぁ。
 でもこれを自宅でも繰り返して来たので、おそらくは少なくとも、僕を子供扱いするよな。
「エロの仕事だからハゲるって、なんだよ。」と口を尖らせると、「男性ホルモン優位過ぎる世界やん! 髪の毛って大事なとこ女性ホルモンが生やしてるんだからさ。まぁアナタはたまに僕より乙女みたいなとこありますけどね。」そう言い返してやると、ンフフっと笑われた。 髪が強くて良かったなと思ったし、この髪が真っ白になるまで、君は僕に付き添ってくれるかな。いつか本当の夜伽を過ごしてくれるかな。
 昔、私がオバサンになったら、あなたはオジサンよ、という歌があったが、一向にオバサンにならない森高千里に通い続けるオジサンは本当に一途だと思う。
 そんな事を考えて、君と僕はやっと汗を流し、湯船を楽しみ、二人向い合せで、たくさんたくさん、とてもたくさんキスをし、ほてり上がった。
 昔ながらの冷蔵庫へコインを入れると、僕は白バラ牛乳。君はあっ! ある! と驚きながら、スマックゴールド。それらを一気に飲み干して部屋に帰るともうクタクタだった。
 おやすみぃ、とお互い声をかけ、豆電球も消した。服も何もかも散らかしたまま翌朝一〇時まで寝ていたので慌ててフロントに電話すると、清掃なしにも出来るが入るならとにかく一一時に一旦出さえすればいいとの案内を受けたので、僕は適当なパーカージーンズに、君はリゾートカジュアル。こんな服も着るんだ。
 下手な運転は覚悟だな? と問えば、もちろん! と返してくれた。
 渓谷や、ステンドグラス、甘いソフトクリームに、神社参り。君は伊勢だっけ。僕は鴨川沿いだから、式年遷宮ってなんだかんだ大変だよなと、こんなふうにどうでもいい事を当たり前に話せる君が、好きだ。そんじょそこらの女は先が続かないから。とても好きなんだ。今日は、もう一日中、遊ぼう。今度は互い別の湯へ行って、冒険の情報交換だ。
 二日目の夕食で、照れを通り越して少しムッと怒った君をね、悪食屋に連れて行って、テイクアウトを。それからコンビニで買った飯だって場所さえ良ければご馳走だ。結局こうなってしまうから、ことりっぷもるるぶも読まないんだよな、僕たちは。 翌朝チェックアウトを済ませ、ついに日常へのドライブだ。
 君はポツリと言った。

「あー、帰りたくない。」

 ―もちろんそれは、僕もだよ。

The Tale of the Night

In the midst of our busy daily lives, we finally managed to take a decent break and planned a trip. It might sound cliché, but we decided to visit an old hot spring town we had never been to before. While laughing at my clumsy driving, the joy of visiting a hot spring after such a long time was precious. Just having you in the passenger seat made me incredibly happy. Arriving at the inn by noon and settling in, we casually entered a soba restaurant that wasn't crowded like those you'd find in tourist guides—actually, we were the only two there, which felt very comfortable. When I said I'd have the regular portion,
"I'd prefer a bowl. An oyakodon sounds great," you said a bit shyly. You naturally refer to yourself as "boku," perhaps due to a lack of awareness of being a woman or just a habit, which is charming. Your innocence makes you even more captivating. That's what I was thinking, as usual.
Upon returning to the inn, our room was ready. Signing our names in an old register felt more fitting for a head clerk than a front desk clerk. The innkeeper and maids bowed deeply.
"Thank you for the long journey."
Led to our room, the sight of futons laid out and the intricate designs on the transoms caught our eye. The maid explained, "This is from the Meiji era, when our inn was founded, and it's a rare carving."
"You have a smaller yukata for the lady here, please use it."
After she left, I realized why you seemed down.
"Lady, huh... do I really look that proper?"
You confirmed, blushing and fiddling with your earlobe, yet your cheeks slightly brightened.
Having reserved a dinner plan, we were told it would be served at six, leaving us some free time. We might have gone for a hot spring tour, but it felt frustrating to immediately start looking for Wi-Fi to check work on laptops and tablets.
Then, you suddenly decided to explore the town in a yukata.
"I'll go take a look outside."
As I replied, absorbed in checking work, you hurried out as if fleeing. Indeed, there were many hot springs boasting beautifying effects for women, and clumsy driving must be tiring. Plus, you truly enjoy beautiful and cute things, a contrast to your usual boyish attire. I know this side of you best. Earlier, you paused at a common-looking charm in a souvenir shop.
Though my work mainly involves adult content, urgent editing requests flooded in through a business app. Reflecting on taking a break just to escape this, I replied to only the urgent ones, then also changed into a yukata and went to buy beer from a vending machine downstairs. Sitting by the window, I opened a can, took a sip, and realized I was somewhat travel-weary. I started reading a paperback until it was almost half-past five.
A notification for a personal message said, "I'm in front of the inn and will be there soon." Simultaneously, a call from the front desk confirmed dinner arrangements. Despite having drunk Asahi beer, I requested Sapporo, a habit from my salaryman days, which felt outdated, but both of us prefer beer. And you always innocently laugh at my old-fashioned ways.
"The hot spring was great. I went to the open-air bath."
You returned, holding a bag from the souvenir shop and showing me a local Ramune soda, asking if it looked cute before dropping the marble in. "Cute," I replied, looking closely at your slightly flushed, moisturized skin, and well-defined features, wondering how the famous beauty artists would rate you.
Perhaps they'd favor newer forms of beauty, but your unique allure seemed meant just for me. Our gazes locked.
Just then, the maid announced that dinner was ready.
Dinner featured exquisite river fish, crispy tempura, and pheasant meat in a small pot. The arrangement spoke of a casual privacy we cherished, coming from relatively large urban areas and working in Tokyo. We longed for a sense of local identity.
"The lady's skin is so fine, the beauty of the hot springs will bloom beautifully on you," said the server while pouring Black Label beer, to which you shyly whispered, "Yes." Your bashfulness and unfamiliarity with such compliments were so characteristic and endearing.
After dinner, we mixed leftover rice with fish and suggested making ochazuke for a midnight snack.
"Full," I said, laying down, while you did skincare at the dressing table. "Women have it tough. I only worry about shaving cream to prevent razor burns. Cleanliness is enough for me."
You applied baby powder, saying, "I like this scent... you know?"
"Johnson & Johnson, right? I used it a lot as a kid for heat rash."
"It's not just about that," you turned, revealing...
"Wait, you're not wearing...underwear?"
"Yeah. I didn't want any lines showing in the onsen water. It makes the skin beautiful," you said, pulling my hand under your yukata.
"Wait, I haven't bathed yet," but before I could finish, your lips sealed mine, and I smelled the baby powder.
Your lips seemed rosier than usual...
"A sleeping makeup," I realized. You were applying makeup at the dressing table for me.
"I found some shell pink at the souvenir shop. It was a bit pricey but beautiful, so I bought it. It's like a tint if used just a little on the fingertips. Touch me."
Following your direction, I touched you, and you gasped. Our roles reversed. You liked my scent and wanted to savor it before it washed away, laughing softly and revealing your white body just for me.
I decided to sketch you.
"I can sketch a bit, can't I?" I mused, finding the iPad but opting for pencil and paper, believing it would capture your allure better.
My disdain for creators who exploit nudity without understanding its eroticism was deep. Nudes that merely emphasized sexuality without love or affection were no more than dolls, a simplistic and cheap titillation. True creation should stir the soul, starting with how it moves the creator. Without depth, it ends in shallow exhibition, unworthy of discussion. I had no desire to understand or engage with such superficial art.
"You're so serious when drawing. I know you're probably ranting in your head," you chuckled, taking a different pose, knowing I didn't see you as just an object.
"Maybe I am complicated," I admitted.
"Yes, you are. But I like complicated people. They're dedicated to their beliefs, honest and straightforward. It's rare for them to be swayed, which means their minds are always busy. Being accepted by such a person makes me happy, and I feel quite possessive," you confessed, covering your face as I finished the sketch.
"Done. I'll make a larger painting when we get back."
"Stop, that'll just become clutter," you laughed, peeking at the drawing and modestly denying its beauty while acknowledging my taste.
Holding hands stained with pencil, you intertwined our fingers, "Let's make love. It's exciting to be quiet outside home for the first time. Check the souvenir bag."
Following your hint while kissing, I found a bag within containing condoms and a small bottle of cream.
"Princess moan. I've never seen one in person."
"I bought it because I've never seen one either. Hot spring towns are naughty, aren't they?"
"Well, hot spring towns originally catered to such needs," I explained with a laugh, proposing an experiment with the most eager participant.
You weren't just an innocent child but a full-grown woman. With the lights off and only moonlight and city lights outlining your curves, I wondered about the effectiveness of the cream as I applied it to your already glistening skin. As you squirmed, I teased, and you hesitantly asked for more.
When you tightened around my fingers, I knew you were close, and as you arched back, you climax silently. Feeling your contractions, I desired more, and with a high-quality condom, we united fully. You tightened around me as if truly embracing me within.
Our love-making was silent but intense, a forbidden pleasure distinct from reproduction, a delight only sentient beings could appreciate.
You taught me that prolonging the ecstasy was your way of savoring the overwhelming sensation. Every thrust against your cervix drew out sweat and convulsions.
We whispered affections until I called your name, and you responded, leading to my climax within the secure confines of the condom.
Our discreetness wasn't out of fear but respect for your past hurt, which I knew all too well. You'd silently borne costs and quietly severed ties that could've hindered your career to protect your tender soul.
I knew of your fiercer side, too.
Your parents trusted me because I understood and cherished your delicate spirit.
After leaving a job due to disdain for the industry and battling depression, meeting you, a musician, restored my love for music and life. Our mutual friend set us up, and I eagerly shared my admiration for you, leading to our relationship and your unwavering support.
Committing to my lifesaver seemed only right.
As we relaxed post-love-making, you giggled and kissed me, suggesting a late visit to the family bath.
"Let's go. My back's killing me anyway."
"Exaggerating much? Your driving's to blame," you teased.
We ventured to a simple, communal bath, reminiscent of a public bathhouse with its deep, round tub. Stripping, I marveled at the preservation of such an old design, reflecting on our shared love for historical structures.
"The water's hot here!"
"Outside springs are hotter. This is still managed," you claimed, proving your tolerancefor heat and pain. After a thorough wash with nostalgic Eme

ron products, you washed my hair, cautioning against rough treatment due to my work in erotica.
"Erotica doesn't cause baldness," I retorted, only to be laughed at. I hoped your care would continue until my hair turned white, pondering if we'd truly spend our lives together.
Returning to our room after enjoying the bath and milk drinks from an old fridge, we fell asleep exhausted, agreeing to enjoy another full day of exploration and adventure.
The next evening, after a slight annoyance turned into anger, we opted for takeaway and convenience store meals, valuing the experience over the meal's origin. This adaptability was why we didn't bother with travel guides.
On our last morning, preparing to return to daily life, you softly expressed reluctance to leave.
"Me neither," I agreed, sharing the sentiment.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?