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「くらやみガールズトーク」の文庫が刊行されました

告知が大変遅くなりました。
先月22日に「くらやみガールズトーク」の文庫版が刊行されております。

って一ヶ月前じゃん……。その数日前に新型コロナウィルスオミクロン株に感染してしまい、脳をやられつつ(嗅覚を奪われたりしてました)、Twitterではすぐに告知できたのですが、noteの方では遅くなってしまいました。

怪談文芸誌『幽』(現在では『怪』と合併して『怪と幽』になってます)に連載していた怪談を短編集にまとめたものです。

『幽』は、私がデビューしたメディアファクトリーから誕生した雑誌。そのゆえ、私が受賞したダ・ヴィンチ文学賞と『幽』文学賞の受賞式は一緒に行われていました。そんなわけで、私はデビュー当時より『幽』の編集者さんたち(ダ・ヴィンチと兼務してる人も多かった)や書き手さんたちとのつきあいが多かったのです。授賞式の夜の宴会のテーブルでも、デビュー作に妖怪が出てくるという理由だけで、『幽』文学賞の審査員の京極夏彦さんの隣に座らせてもらってました。(高校生の頃からの大ファンだとアピールしまくったからというのもありますが)

「怪談を書いてください」という依頼を『幽』からいただいたのはデビューして数年目だったのですが、思ったのは「無理だ」ということでした。

まず私は投稿時代、『幽』文学賞に落ちているのです。その小説の内容が「男に捨てられて死んだ女が地縛霊になったが、そこに越してきた女が自分がつきあっていた男の浮気相手で、同居生活のなかで感情移入していってしまう」という、どう考えても「ジャンルを間違えた」やつでした。でも私は投稿した勢いで会社に退職願を出し、数日後にリーマン・ショックが起き、そして『幽』も落ちたので、急いで転職活動をしつつ、今度はダ・ヴィンチ文学賞に投稿を……というのはまた別の話ですが、数ヶ月後に行われた授賞式でダ・ヴィンチ文学賞の盾を抱きながら、『幽』文学賞を受賞した岡部えつさんが壇上に上がるのを眺めながら、「怪談むいてなかったんだなあ」みたいなことを考えていたのでした。
当時『幽』には京極夏彦さんはじめ、錚々たるメンバーが連載をしていました。怪談を専門に書いている作家さんだけではなく、綾辻行人さん、乙一さん(山白朝子名義で書かれていた)、辻村深村さんなど、誰でも名前を知っているベストセラー作家陣も名を連ねていました。私もデビュー後に、竹書房の怪談アンソロジーで怪談をいくつか書かせてもらったことはあるものの、『幽』はなんかこうエリートがずらっと揃っている印象がありました。

でも、敵(編集者さん)もさるもので、最初は『幽』の妹分の『冥』にお願いします、という話から始まって、気づいたら『幽』で連載することになっていました。どうしよう……怪談にそれほど興味がない私が……と思いはしたのですが、考えてみれば、小学生の頃は学校の図書室で「お化け文庫」シリーズを片っぱしから読んでいたなとか、「子育て幽霊」が「東海道四谷怪談」も好きだったなとかいうことも思い出していきました。
じゃあ、私が好きな怪談の共通点ってなんだろう。弱者の逆転物語、ではないか。中でも、普通の女性の幽霊の話が好きなのではないか。
出産したら死んじゃうとか、夫に離縁されたら死んじゃうとか、昔の女性はすぐに死にがち。でも怪談はそこでは終わらない。死んだからこそ得られるパワーで望みを叶えていく。死んでもワンチャンあるから、みたいな、強い話が好きなのかもしれない。
そして、現代では本当に死ぬことは少なくなったけれど、それでも死んだような思いにさせられることは多いのではないかとも思いました。出産した女性に起こる異変を描いた「獣の夜」が編集者さんたちに褒めてもらっていたことから、「女性は生きながら何度も死ぬ(そのたびに強くなる)」というコンセプトをもとに『幽』での連載を始めました。このテーマなら、錚々たる執筆陣も書いてないはず。ニッチを狙う作戦です。

夫の姓に変えた日から死を感じるようになった女性を描いた「花嫁衣装」、Amazonでポチった藁人形で丑の刻参りをする会社員の話「藁人形」、老母が生きながら死んでしまったように思えてならない女性の話「子育て幽霊」などなど、この短編たちを、私はそれぞれ2日くらいで書きました。
当時の私が乳児を抱えて異常に忙しかったこともありますが、怪談ってとにかく勢いで書かなきゃいけない気がするんです。だって幽霊が出てくるんですよ。ウラミハラサデオクベキカとか、末代まで祟ってやるとか、現代人の理性があったら書けない。授乳が終わって、半裸のまま立ち上がって、フラフラとPCの前に座って、涙をボロボロ垂れ流しながら書くくらいじゃないと書けなかったと思います。
ずっと後になって、『怪と幽』の創刊時に京極夏彦さんと東雅夫さんとのトークショーに登壇させていただいたのですが、「幽霊と妖怪を書くときって何か違うことある?」って尋ねられて、「幽霊は前のめりで書くけど、妖怪は椅子の背によっかかって書くことが多い」と答えたのを覚えています。「幽霊は個人的な感情で現れることが多い」という話もしました。とはいえ、その感情の裏には、必ず悲惨な社会構造があるのですけどね。

そんな感じで生まれたこの短編集。私の「ウラミハラサデオクベキカ」の部分を出しすぎてしまった気がします。デビューした時に「魔太郎ぽい」と言われていたからといって、ここまで出すことはなかった。『わたし、定時で帰ります。』のような労働ものから朱野作品に入った読者の方たちにどんな気持ちで読んでもらったらよいのか悩んだ挙句、プロの書評家の方に解説をお願いすることにしました。三宅香帆さんです。

『わたし、定時で帰ります。』の書評をすでにいくつか書いてくださっていた三宅さん。とにかく幅広いジャンルの小説を読みこなし、会社員と兼業しながら、あちこちの文芸誌に連載を持っておられます。三宅さんなら、私も説明できない、なぜこの短編たちを書いたのか、を解説くださるのではないか。無茶振りもいいところですが、そんな淡い期待を胸に秘めて、三宅さんに解説をお願いしました。

むかし、何かの本のなかで「ひとびとが怪談を求めるのは、怪談でしか語ることのできない情念が、この世にたしかに存在している証拠だ」という言葉を読んだことがある。これだけ科学技術が発達し、エビデンスを出せ、数字で説明しろ、と言われる世の中なのに、それでもホラー小説はなくならない。(中略)科学的根拠なんかなくても、人が苦しんだ場所には、何かしらの情念が残っている……そんな前提を共有しているからだろう。
本書『くらやみガールズトーク』で描かれた怪談は、どの物語も、社会と個人の間で生まれた情念が発端となっている。社会というのは、家庭であり、学校や会社であり、複数の他人のことである。
 人間が三人以上いればそこに社会が生まれる、という言葉があるが、そういう意味で、朱野帰子は社会を描くことに卓越した作家である。

引用:『くらやみガールズトーク』「解説透明な呪いをかけられて」三宅香帆(書評家)より


三宅さんの解説はまず「朱野がなぜこの短編たちを書いたのか」から始まっています。……もしかして三宅さん、私の心が読める? というのは冗談ですが、プロの書評家ってすごいと思いました。
なるほど、私はこの短編たちを通して社会を書きたかったのか。って自分で何言ってんだと突っ込まれそうですが、小説家って、意外と自分が何を書いてるかがわかっていないものです。

 彼女の描く「社会」の物語の特徴は、そこにいつも三つの位相があることだと私は思う。つまり、まず国や会社といった大きな社会があって、もう少し小さい家庭という社会があって、そしてたったひとりである個人が存在する。朱野作品は、この三つの位相の狭間で葛藤する登場人物たちを描く。
 そして怪談というジャンルは、国や会社といった大きな社会にも、家庭というちょうどいいサイズの社会にも、どうしても収まりきらなかった、行き場のない情念が生み出す物語のことだ。そう考えると、朱野帰子が描く怪談が、社会と個人のあいだで生まれた軋轢を描くことはどこか必然のように感じる。

引用:『くらやみガールズトーク』「解説透明な呪いをかけられて」三宅香帆(書評家)より

たしかに現実を描く作品では書けないものを、どの位相の”社会”でも許されぬ思いを私は「くらやみガールズトーク」のなかにぶっこんでいるのかもしれません。三宅香帆さんの解説、ほんとにいいので、ぜひ全文を読んでいただきたい。
そして、この解説を書かれた少し後に、三宅さんはこんな記事も出しておられます。そうですよね、文庫解説書くのって大変なのですよね。引き受けていただいて本当にありがとうございました。

同じテーマで三宅さんが出演されているYouTubeはこちら。文章を書く人全員に見てもらいたい。

そしてそして、新たにカバーイラストを描いてくださったのは赤さんです。「花嫁衣装」という短編に合わせて、花嫁さんを描いていただきたいというオファーをしたそうですが、赤さんがもう一つ提案してくださったのが、何かを見つめている女性の顔でした。拝見した瞬間「これだ!」となったので、そのままカバーイラストにしていただきました。
この女性は生きている人なのか、あるいはもう死んでしまったのか。どっちにしても、すてきです。

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長くなってしまいましたが、そんなこんなで「くらやみガールズトーク」の文庫版、刊行されました。よろしくお願いします!!!!