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小説家の労働環境改善/②憧れのスタンディングデスクを自作してみた

こんにちは、小説家の朱野ですよ。
この一年、長編執筆を休んでいる間に、労働環境を改善しようといろいろやってきたことをやってきたのかを書いています。途中まで無料、途中から有料で読んでいただけます。

さあさあ、いよいよデスクです。

小説家といったらデスク。冷蔵庫の上で書いていたヘミングウェイと、ダイニングテーブルで書いていた村上春樹の話は一旦忘れよう。ついでに、キャンピングカーで書いていたスティーブン・キングのことも忘れよう。彼らが過酷な環境で書けたのは天才だから! 凡人には良いデスクの助けが必要なのだ。

まずは良いデスクとは何かを探す旅に出ることにした。紙ベースで仕事をしていた時代は終わりを迎え、ほとんどの人がPCを使っているこの時代、自宅オフィスを、いち早く先進的な環境にしているのは誰か。デジタルエンジニアではないかという結論に達した私は、Instagramを開いて #WomanInTecというタグを見た。テック産業で働く、世界中の女性たちが自分たちの写真を投稿しているタグだ。仕事場が投稿されていることも多い。これがとにかくクールでかっこいいのだ。

レベルが高すぎる光景を見てぶっとんでしまった。
なっ、なんなの、その湾曲しているクソ長いモニターは? モニター、いっぱいありすぎない?! ラップトップPCの他に、縦型モニター、タブレット、スマートフォン。そのどれもが視線をむけやすい高さに置かれていて、iPad専用のスタンドみたいなものまである。有孔ボードにはヘッドフォンなどのガジェットがディスプレイされている。
しかもやたらオシャレだ。インスタに上げるための写真とはいえ、デジタル機器も、キーボードも、プランツや、間接照明や、アートも、すべてがコーディネートされているのはすごい。キーボードの色にこだわるというのは昔からパソコンオタクやゲーマーの人たちがやっていて、「まったくそんなどうでもいいところにこだわっちゃって」と斜めに見ていたのだが、知らない間にInstagramで映えるレベルにまで進化しちゃってる。それ、どこで売ってるの?

壁にはなぜかネオンサイトがついている。これをやっている女子エンジニアはけっこう多い。なぜネオンサイトを? かわいいから? わからない。しかし電気を消して作業をしている人の写真を見ると……ネオンサイトがあるだけで「暗い部屋でパソコンをカタカタする人」から一気に「近未来の仕事人」になるからふしぎだ。あとその細胞が光ってるみたいなオブジェは何? これもいろんな人のデスクで見るんだけど……。

Instagramだけではない。YouTubeでも「デスクツアー」という、自分のデスク周りをどう進化させたか、を披露する動画がいくつも見つかる。ハイスペックなデスク環境を求めはじめたのは、おそらくデジタルエンジニアだけではないのだろう。コロナ禍によってリモートワークが世界中に普及したことを契機にデスク環境をアップデートした人が多いのだ。
前回紹介したmochikoAsTechさんもまさにそんな #WomanInTec のお一人であり、『最高のおうちオフィスではたらく ~快適なリモートワーク環境の作り方~』もコロナ禍をきっかけに生まれた技術系同人誌だ。前回の記事では冒頭の窓リフォームの項にしか触れなかったが、mochikoAsTechさんはそこからガンガンガジェットを買っているので「デスク環境を整えるといっても何からやりゃいいかわからん!」と頭を抱えている人は、とりあえず買って読め!

デスク環境のアップデートに積極的にとりくんでいるのは、私のみたところデジタルエンジニアが圧倒的に多い。あとゲーマー。だが小説家だって……いや小説家こそ、百年以上前から自宅作業をしてきたのではないのか? デスクに座りっぱなしで、キーボードを打ちまくるという点ではやることは変わらないはず。なのに新しく生まれた職業であるエンジニアやゲーマーにあっという間に先を越されちゃって……小説家って遅れてる……。
私は思った。

クールなデスク環境があったら仕事が楽しいだろうな……。

彼女たちに少しでも近づけないかと写真を凝視した。英語をがんばって読んで、どのメーカーのガジェットなのかを知ろうとした。その結果、だいたいのものがオンラインで帰ることがわかった。わーい、ならば買えるぞ! でもまずはデスクである。彼女たちに使っているデスクのかなりの割合を昇降式スタンディングデスクが占めていることに私は気づいた。

昇降式スタンディングデスク。
それは高さを調節でき、座った状態でも立った状態でも使えるデスク。立って作業することで適度な運動になり、腰痛対策や集中力アップにもつながるという。そう言えば現在放送中の大河ドラマ『どうする家康』の脚本家・古沢良太が使っていると何かの番組で言っていた……。私はさっそくTwitterでつぶやいた。

昇降式スタンディングデスクを買うぞ!

すると相互フォローの作家さんたちからも「私のデスク環境はこんな感じですよ」という情報が集まってきた。 

ちょっと前まで会社員と兼業だった書評家の三宅香帆さんと、デビュー20年目の作家さんである吉川トリコさん。
この二人の写真をよくよく見ると……なんと! 昇降式スタンディングデスクじゃないか。デジタルネイティブ世代でキーボードも割れている三宅さんはともかく、同じインターネット老人のはずのトリコさんまで昇降式スタンディングデスクにしているとは。しかもトリコさんはここで立って読書しながらステッパーを踏んでいるらしい。このあたりで気づいた。
小説家が遅れているのではない。私が遅れているのだと。

ちなみにメーカーを聞いたら、三宅さんはFlexiSpot、トリコさんはニトリらしい。ニトリにもあるのか。しょっちゅう行ってるくせに気づかなかったぜ……。

さてここで、「良いデスク環境」を模索しはじめていた当時の私のデスクがどのレベルだったかを共有しておこうと思う。まず『わたし、定時で帰ります。』を書いていたときに使っていたのはIKEAのダイニングテーブルだ。

結婚してすぐに購入した。もちろん主な用途はダイニングテーブルだ。子供が乳幼児のうちはここで仕事をして、泣き声がするとさっと飛んでいく。そんな生活を7年ほどしていた。小説がドラマ化され、次々重版がかかっていたときも深夜までここに座り、「私があなたの担当だ!」と言い張る編集者さんからガンガン届くメッセージにヘロヘロになりながら返信していた。ちなみに椅子はIKEAの折りたたみ椅子だ。4000円くらいの……。

その後、一戸建てに引っ越した後、IKEAのダイニングテーブルはパートナーのリモート会議用の机になった。いきなりリモートになったので「とりあえずはこれでやる」という感じでそうなった。
一方私は、IDEEで40%セールの時に買った、新しいダイニングテーブルで仕事をすることになった。もちろん主な用途はダイニングテーブルだ。椅子は変わらずIKEAの折りたたみ椅子。

その頃の私は慢性的な腰痛に悩まされていた。頚椎ヘルニアにもなった。口が開けれず、ご飯も食べられないままゲラ作業をした。整形外科に行くたび「あなたまた故障したの? 何で?」と言われ、「何ででしょうね……」と首をかしげていた。今ならわかる。ダイニングテーブルで仕事をしているからだよ! 折りたたみ椅子で作業してるからだよ!

劣悪な労働環境から脱するため、私は昇降式スタンディングデスクの購入に動きだした。暇さえあればワーキングスペースの寸法を測り、いろんな作家さんに「机の幅と奥行きは何センチですか?」と尋ねた。幅は人によってさまざまだ。私が重要視したのは以下の要素だ。

・B4サイズのゲラを広げられる

ゲラを広げるとはどういうことか。
デビュー2年目の作家さん、佐原ひかりさんのツイートを見ていただければわかると思う。佐原さんはこのとき、初校ゲラと再校ゲラをつきあわせていらした。二つのゲラが揃うことは実はあまりないのだが、ゲラと校閲部が送ってくれた参考資料を並べて作業することはある。なので幅がそこそこ広いことは重要。
ちなみに佐原さんのデスクは180センチだそうだ。

また、

・複数モニターで仕事することになったとしても狭く感じない

というのも大事なポイント。複数モニターで仕事をする日が来るのか? と問われると言葉に詰まってしまうが、私にだって複数モニターで作業する日が来るかもしれない。
元エンジニアでSF作家の藤井太洋さんはまさにその複数モニター使いだ。ラップトップとダブレットの二つを使って作業されている。(この二つのモニターに写されている横書きと縦書きの原稿、実は連動しているのだが、その謎の話はまたの機会に)

「どちらかというと、奥行きの方が大事でした」と言われる藤井さん。デスクの幅は135センチ、奥行きは75センチだそうだ。75センチあるとキーボードの手前にゲラを置くことができるのだそうだ。藤井さんがどのようなシチュエーションでそうされているのかはわからないのだが、ゲラで赤の入った部分の修正をゲラでやるのではなく、まずPCのデータの方でやってみて、違和感がないかどうか確かめることはままある。奥行きも大事なのだ。

とはいえ、ワークスペースはそれほど広くない。デスクが大きすぎて圧迫感が出てしまうのもつらい。さんざん悩んだ結果、幅120cm、奥行き65cmに決めた。それならワークスペースの日当たりのいいスペースになんとか入りそう。メーカーはさまざま検討した結果、三宅香帆さんと同じFlexiSpotにすることにした。かなり有名な昇降式スタンディングデスクメーカーだ。選んだ商品はE7。脚がコの字型になっているやつだ。天板も併せて購入すれば脚をつけるための穴をつけて送ってくれる。

ここで私に新たな欲望が生まれた。

天板にこだわった自作スタンディングデスクを作ってみたい。

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