見出し画像

ここに居られないと思った時

私は真面目な、どこにでもいる人だ。
どうしようもなくどこにでもいて、凡庸で平凡な人。

適度に今風の服を着て(しかしその多くが15年程前の服だったりする)髪型はボブで、目立つことも悪目立ちすることもなく、比較的地味で没個性的なお母さんとなった。

本来私はこういう人なのだ。
どこにでもいる個性のない人。
カテゴライズされる場所がある人。
子どもの頃の、いや、学生時代の私とはうってかわって、没個性という個性を手に入れたことを、とてもありがたく思っている。

でも私は、この町に馴染むふりをして馴染まないだろう。私はこの町で余所者のフリをしている。
この町はよく見知ってるけど、私の出自は誰も知らない。

そもそもだ。
この15年間の間に、5回以上引っ越しをした。
5回だよ、5回。
その度に景色は変わった。
その間に、私の実家周りも随分変わっていて、故郷は気がついたら故郷ではなくなっていた。
今日も明日も明後日も、毎日毎日少しずつ、この田舎は変わっている。

私も変わるべきなのかも知れない。
だからもう、あの町に執着するべきではないのだ。
私をバカにし、酷い言葉ばかりを投げかけた子どもたち。
みな大人になったけど、私の悲しみはあの時のままだ。

著しく低かった自尊心は、憎しみを生み出さなかった。
どうせ私なんてどうせ私なんて。
そう思うから当然として受け入れた。
やるせないし仕方なかった。
うちは自営で、この田舎では子どもの行いですらも、収入を左右させた。
だから私はちょうどよかった。
目立ちもせず悪目立ちもせず、害もなく、平凡で凡庸で、少しトロい。
だから私はちょうど良いサンドバッグで、泣き喚きもしなくって、非常に扱いやすい子どもだった。

地元に帰ると、見慣れた風景の中に燃やしたい家が沢山ある。
行き交う人の顔を見れば、あの時の憎きクラスメイトに見えて凝視する。

もう帰れないと思った。
この町には帰れない。


でもいつか、そう遠くない未来に
地面が大きく揺れて
ここは瓦礫の山になるだろう。
空き家が少しずつ増え始めた頃
建売の家がひとつひとつ増えていて
みんなそこに住み始めた

その土地は
かつて悪い人の住んだ土地
そこは水はけの悪い土地
そこはすぐに沈む土地
みんなみんな知らない
誰も知らない人たちが
ぽつりぽつりと住み始めた。

でもいつか
なくなるのだ。
そう遠くない未来
全部全部なくなるだろう。
何もかも塵になって

そうすれば戻れるのかも知れない
あの場所に。
また歩けるのかも知れないけれど
その頃には私も変わっている。
私の望みはそれだけど
本当はそれじゃ、ないんだ。

帰りたい場所などなかった
ずっとずっとなかった
随分前に死んでしまった女の子も
どこにも帰りたくはなかったのだ

つけた火は温かかっただろう
でも私は
でも私はもっと大きなひが欲しかった。
どうしようもなく大きなひが
ずっとずっと
欲しかった。


※yumetamaさんの素敵なイラストを使わせていただきました。ザ・マッチ!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?