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大切な一枚

その一枚は
とても大切な一枚です。
決して上手な写真ではないけれど
とても大切な思いを込めた一枚です。

当時18歳。
受験に失敗したため
1年間の浪人生活を過ごすことになりました。

高校時代は部活に明け暮れていたため
一日中机に向かうのが本当に苦痛…。
それでもなんとかやり過ごせたのには
あるとっておきの場所の存在がありました。

そこは自転車で5分程の河原の土手。

道路から離れていて静かな場所。
風にのってくる土や草の匂い。
目の前に広がる大空。
川上に目を配れば
西側全体に山々の連なり。

たま〜に犬の散歩くらいで
ほとんどひとが来ないその場所は
日々のモヤモヤを忘れることができる
とっても癒される場所でした。

夕方から日没までの時間が本当に好きで
空の色が徐々に変わってくゆく様子を
眺めることが週一のご褒美でした。

そんなとっておきの場所が
なくなる日がくるとは…。

受験勉強で疲れた心身を癒そうと
いつものように自転車を漕いでその場所にいくと
なんだかいつもと違う様子。

「ん?」

ちょっとした小道だったはずの河原へのルートが
広くなって砂利道になっていました。
道路側には砂利道を塞ぐようにガードレール。
近づいてみると「橋梁工事」の立て看板。

「ん〜っ!!」

そこは「とっておき」でなくなることが
決定だったようです。
自分の土地ではないので
仕方ないのはわかっているのですが…
それはあまりに突然で、唐突で、無慈悲だと思いました。

悲しさでいっぱいになりつつも
いつもの場所に腰を下ろして
西日を浴びながら、
流れる雲をただ眺めるだけでした。

それから数日の内に工事はどんどん進み
橋脚設置のために川の流れは強引に曲げられ
工事車両がひっきりなしに出入りするようになりました。

それでも作業が終わる頃になると
いつもの静かな河原の雰囲気だけは
辛うじて残っていました。

「この場所を残しておきたいな…」

初めてそんな感情が、心の奥底からじわっと湧いてきたのを
今でも鮮明に覚えています。

受験も間近に控えた頃、
その日は冬には珍しく快晴で
遠くにクレーンが高くそびえていました。
家にあったコンパクトカメラで
とても大事に大事にシャッターを切りました。
ただ「この場所を残したい!」との一心で。

後日談。
その日はとてもきれいな夕陽でした。

「きっといい写真撮れてるぞ!」

期待をしながら受け取り引換券を持って
写真屋さんへ受け取りに自転車を飛ばしました。
写真プリントが入った袋を受け取ると
いてもたってもいられず
カウンターですぐに写真の束をめくりました。

「あった!」

空の色ですぐに見つかった一枚を
束の中からそっと引き出すと
そこには色鮮やかな空と
夕陽に縁取られた山並みのシルエット。
そして高くのびたクレーンが写っていました。

「?」

「!」

「あ〜っ!!!」

「やっちまった…」
当時はデジタルなんかではなく
フィルムなんですが
コンパクトカメラには
日付をプリントするデート機能なるものが
ついていたのです。
ON/OFFできるのですが
これ、オフるの完全に忘れていたのです。

「せっかくの一枚だったのに…」

その場で写真屋さんのおじさんに
消すことはできないか聞いてみると

「ん〜ここ切っちゃうしかないねぇ」

今ではデジタルでサッと消せるんですけど
当時はそんな時代だったのですね。

「また撮るか…」

と思っていたのですが
あれだけの快晴は嘘のように
冬の曇天が数日続くと
クレーン車はもういなくなっていました。

思い出に残すような
いわゆるキレイな写真は
たくさん撮っていました。
でも、この一枚を取った時とは
どうも違う気がして
ならなかったのでした。

今になってみると
日付があったことは
むしろ大きな価値になっています。
18歳の大人でも子供でもなく
高校生でも大学生でもなく
なんでもない当時の自分が
純粋な思いを抱いた瞬間。
その日が克明に記録されたのですから。

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