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「世界の絶景」4遺跡          その2 ペルーの遺跡                


1.クスコ歴史地区

ふたつの異なる文化が豊かに溶け合う都市

 1200年代から1532年までの間、クスコはインカ帝国の首都であった。
「クスコ」とはケチュア語で「へそ」を意味し、インカの人々はクスコが世界の中心に位置していると考えていた。
 インカの伝説によると、クスコはサパ・インカの第九代皇帝パチャクテクによって建設された。
 彼はクスコ王国を、活気のない町から巨大な都市へと変えた。
 わずかな間に大帝国へと発展したインカ帝国だが、将軍ピサロ率いるスペイン軍の侵略により、その栄華が幻であったかのように一瞬にして破滅の時を迎える。
 時に1533年、首都クスコは陥落し植民地となった。栄華を極めたインカ帝国の中心として君臨した古都は、その豊かさゆえに征服者によって略奪され、土着の文化と植民地文化、双方が息づく魅力的な街となった。

インカの面影残す広場

南米で最も美しい古都

 クスコ歴史地区には、先住民の文化とスペインの文化が融合した痕跡をあちこちに見ることができる。
 インカ文明が崩壊してすでに500年以上の月日が流れ、今ではクスコ歴史地区は世界遺産に登録されて、南米で最も美しい古都として知られている。  
 町の中心に中央広場であるプラザ・デ・アルマスとカテドラル(大聖堂)を建設し、ここを中心に都市の再建を開始した。
 北米や南米の都市はいずれも中央に広場と大聖堂があるが、これはいずれの都市も大航海時代にスペインやポルトガルによって町が再建されたことを意味している。

クスコ大聖堂と呼ばれるこのカテドラル

 ヨーロッパを中心にアメリカ・アフリカ・アジアに領地を持ち、「太陽の沈まぬ帝国」を築いたスペイン帝国はインカ帝国を滅ぼし、クスコをペルー副王領の首都とするために、その石組や平面プランを土台に町の再建に取り組んだ。

クスコ市街全景

インカ時代の石組は土台とした残された

 クスコに侵入したスペイン人たちは、インカ帝国の首都クスコを徹底的に破壊した。ただ、石組はあまりに堅牢だったため壊すに壊せず、そのまま土台として利用することになり、クスコの街は、元々あった石垣の遺跡の上に現在の建物が建てられる形で作られた。
 観光客に人気の「12角の石」は、この石垣の遺跡の一部で、12もの角を持つ複雑な形の石が、剃刀の刃一枚通さぬ強固な石垣の中にぴったりと組み込まれている。

残された石垣
12の角をもつ石

2.サクサイワマン遺跡 

インカ文明特有の堅固な石組

「サクサイワマン」はケチュア語で「満腹のハヤブサ」を意味する。
 巨石を惜しみなく用いたインカ文明特有の堅固な石組みが階段状に三段ずつ、平地を挟んだ南北の丘にジグザグな形で約360メートル続いている。
インカの天上・地上・地下の3つを意識した独特の世界観が反映された結果、3段という段数が選択された。
 建造の目的は城砦(城塞、要塞)、宗教施設、その双方を兼ねた建造物など諸説あるそうだ。

巨石の石垣

巧みにデザインされた石垣

 各段は石で作られた階段で結ばれている。
 遺跡を構成する石組みは巧みにデザインされており、リャマやヘビ、カモ、魚等の動物をかたどった箇所がある。これらはそれぞれ数メートルから十数メートルの規模を持つ。
 かつては東西に並ぶ三つの巨大な塔が建っていたがスペイン人によってことごとく破壊され、現在はその基礎のみが残っている。

石はどこから運ばれてきた?

 サクサイワマン遺跡の特徴は言うまでもなく、その巨岩にあるのだが、牛馬も車輪もないと言われたインカ時代の技術で、大きな石では360トンもあると言われている巨岩をどのようにして運んだのだろうか・。
 遠くオリャタイタンボから運ばれた石もあると言われ、この運搬の技術にはテコを使ったという説もあるが、いまだ未解明の謎だ。
 カミソリの刃一枚通さない緻密なインカの石垣建築技術は、ほかのどの遺跡よりも石の巨大さが目立つこのサクサイワマン遺跡でも素晴らしい技術は使われてる。

3.マチュピチュ遺跡

多くの謎を秘めた空中都市

 古いインカ時代の道路を探検していたアメリカの探検家ハイラム・ビンガムは、1911年7月24日、クスコの北西80㎞に位置する山の上に遺跡を発見した。南米ペルーのアンデス山脈、標高約2,450mの尾根に位置する古代インカ帝国の遺跡だ。
 「マチュピチュ」と呼ばれるこの遺跡は、「老いた峰」を意味するケチュア語「machu pikchu」を地名化したものだ。
 いまだに多くの謎を秘めた空中都市「マチュピチュ」
 山裾から遺跡の存在が確認できないことから、「空中都市」「インカの失われた都市」などと称され、世界遺産だけでなく、2007年7月には新・世界七不思議のひとつにも選ばれた。

高度な文明が栄えた都市

 ゲートを潜ると、あまりの美しさに思わず立ち尽くす。
 精巧に積み上げられた石造りの建物が奥へと続き、地面には濃緑の草が生い茂る。背景に天を刺すような山がそそり立つ。

マチュピチュには、かつての繁栄を思わせる数々の施設が残されている。
・標高差を生かして様々な食料を生産し、人々の生活を支えた段々畑。 
・街全体を一望出来る高台にある見張り小屋
・多くの神殿やミイラの安置所
・大規模で高技術の水路や水汲み場
・暦を読むための日時計

神殿を中心に作られた聖なる都

4.ナスカの地上絵

大地に描かれた謎

 ペルー南部に広がる砂と土の平原・ナスカ。この乾燥した大地には、古代文明によって描かれた数多くの巨大な地上絵が残されている。
 誰が、どのように、何のために記したのか。1939年の「発見」以来、現在では日本の研究チームも解明に力を入れているが、いまだに神秘のベールに包まれたままだ。

空からの撮影に挑戦

 セスナ機に乗って上空から大地に描かれた絵を見学した。

砂漠の中の小さな空港

 代表的な地上絵としては、全長約96mに及ぶ保存状態の良い『ハチドリ』や、ペルーのシンボルでもある『コンドル』、斜面に描かれた大きな目が特徴的な『宇宙人』、ペルー政府環境局の渦巻き型のロゴのもととなった『サル』などがあり、幾何学模様としか捉えられない不可思議な形をした絵もあった。
 セスナは右に左に旋回しながら代表的な地上絵に近づいてくれたが、揺れる機内の小さな窓からでは満足できる写真は撮れなかった。

ハチドリ
くも
宇宙人


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