文体の舵をとれ(二周目)①

「文体の舵をとれ」二周目に参加している。

2週間ごとにやっていたものがなくなると、なんだか寂しくなってしまったし、複数回やることによってさらに文舵筋(ぶんかじ-きん)が発達するだろうと思ってこの修行に再び身を投じることにした。

課題の実作をまたここに載せていく。

一周目をこなした後でさえ、ル=グヴィン先生がたびたび夢枕に立つようになったというのに、二周目のあとはどうなってしまうのだろう……スタンドみたいになるのだろうか。

さて、二周目に参加、と言っても、参加しているグループが参加者多数(!)で、途中(4章)までは聴講という形で参加だった。
5章あたりから空きができ、本格的に参加できたので、本ページに載せる課題は5章以降のものとなる。

どのような課題かについては以下の過去記事を参照していただきたい。
https://note.com/kaede9999/n/n6273f3cfffd9#fe2924e0-5896-4c5f-bcfc-44475947896e

第5章

 おれはアクベンス。 おれはデブリまみれの衛星軌道で見つかった。
 サナギみたいな形をした、ペット用の脱出ポッドに入っていたらしい。
 「孤児院」がなけなしの金を払って買った赤子の探査回収ロボットは一台だけで、見つからないまま死ぬ奴がほとんどだ。
 おれは名無しだった。名無しのときは星の名前がつけられる。
 地球の真ん中から天球の赤子へ、線を結んだその先の星の名を。
 今、一つ、かに座の方で星が流れた。あれはデブリだろうか。
 いや、あれもアクベンスだったのかもしれない。
 おれは「孤児院」を出る年になった。だが、どこへ行けというのだ。
 帰る場所はここだけだ。タルフは半年前に出ていった。便りは来ない。
 タルフは宇宙飛行士になりたいと言っていた。まわりには、憧れだから、と説明していた。
 だが俺は知っている。あいつが憧れているのは宇宙飛行士のその先。
 故郷に憧れているのだ。
 かに座ベータ星、アルタルフ。地球からの距離は三百光年。
 かに座で目立つ、輝く恒星。

第6章

都合あわず不参加……

第7章

問1ー1(三人称限定視点)
 横顔を好きになったら気をつけなさい。
 ナツは母がそう言っていたのを思い出した。だがもう遅かった。
 窓の外を眺めるフリをして、左隣の席で英語の先生の話を真面目に聞いているハルをちらりと見る。
 長い睫毛に形の良い鼻。ナツがこの女子高に入って初めて彼女を見たときも横顔だった。
 ナツが目で輪郭をなぞっていると、それに気が付いたハルがナツの方を見た。
 机に広げた教科書を、人差し指でトントンと叩くようなジェスチャーをする。
 真面目に聞けってことだ。
 ナツはしぶしぶカバンから教科書を取り出し、親指の腹でパラパラと適当にページめくる。
 ハルがナツに自分と同じ大学に行ってほしいと思っていることには気づいていた。
 だが、ナツのレベルだとそれは厳しい。だから話題にはしてこなかった。
 ページをめくっていたナツの手が止まった。そこには紙飛行機が挟まっていた。いつか授業中に折ってそのまま忘れていた。
 ナツは頬杖をついて少し考えたあと、ハルの机に紙飛行機を置いた。
 怪訝な顔をしたハルがナツの顔を見つめると、ナツは窓の外を指さした。
 ハルは暫し非難するような目をナツに向けていたが、そのうち諦めたようにため息をついて、先生が黒板の方を向いたタイミングで、窓の外へ紙飛行機を投げた。
 白線の行方を追うハルの後頭部を、ナツはジッと見つめていた。

問1-2(三人称限定視点、別視点)
 Profileという言葉には横顔という意味がある。
 ハルがそれを知ったのは、高校三年生の八月だった。受験はもう半年後に迫っていて、学校の授業にもだいぶ熱が入っていた。
 だけど、ナツはここ最近、どこか遠くを見ながらずっとぼんやりしている。
 今だってそうだった。英語の授業中だというのに、隣の席から、また空を見ている。
 ハルはナツと視線を合わせ、机に広げた教科書を、人差し指でトントンと叩くようなジェスチャーをする。
 するとナツはしぶしぶといった様子でカバンから教科書を取り出し、親指の腹でパラパラと適当にページをめくり始めた。
 ナツの横顔は、ハルと初めて出会ったころの快活さを失っていた。いたずらっぽく笑っていた目はいつからか憂いを帯びていた。
 ハルが黒板へ再び目を向けようとすると、横から手が伸びてきた。
 紙飛行機が置かれる。
 何のつもりだと非難の目をナツに向けると、ナツは窓の外を指さしてきた。
 出会ったころの目だった。
 ハルはタイミングを計るようにため息をついて、英語の先生が振り返った隙に窓の外へ紙飛行機を投げた。
 白線の行く末を、ハルは眺め続けていた。

問2(遠隔型)
 黒板に書かれた「profile」の文字を、窓際の席に座っているボブカットの少女は見つめていた。
 教室に漂っている緊張感は、規則正しく整列した机のせいだけではなかった。ここは高校三年生の教室で、季節はもう8月だった。
 そんな雰囲気の中で、ボブカットの少女の右隣りに座っているショートカットの少女は所在なさげに窓の外を見ていた。彼女の視線の動きをよく見てみれば、彼女が見ていたのは、空ではなく、ボブカットの少女の横顔だった。
 やがて、ボブカットの少女がそれに気づいた。
 机に広げた英語の教科書を、人差し指でトントンと叩く。
 それを見たショートカットの少女は、口をへの字に曲げて教科書を取り出し、親指の腹でパラパラとめくる。
 ショートカットの少女の横顔をしばし見つめていたボブカットの少女が、黒板へ向き直ろうとしたそのとき、彼女の机の上に紙飛行機が置かれた。隣の席からだった。
 眼を細めた彼女が、非難するように隣の席を見つめると、ショートカットの少女は、窓の外を指さした。
 会話するように目と目が合わされる。
 ため息をついて、ボブカットの少女が紙飛行機を手に取った。
 英語の先生が黒板を向いているうちに、彼女はそれを窓の外へ放り投げた。
 夏の太陽は高く、窓際だけを燦燦と照らしている。
 ボブカットの少女はその明るさに目を細めながら飛行機の行方を見つめ、ショートカットの少女は、陽光に照らされて美しく輝くその丸い後頭部を見つめていた。

問3(傍観者の視点)
 人は、自分で自分の横顔を見ることはできない。鏡を使ってもなかなか難しい。
 「人物評」という言葉と「横顔」という言葉が、「profile」という同じ英単語で表されるのはなかなか示唆的だ。
 英語の授業中にも関わらず、さっきからハルの横顔をじいっと見つめているナツを見て、私はそんなことを思った。
 二人の席は、私の目の前。ナツの左隣にハルが座っていて、ナツの真後ろに私の席がある。
 一番後ろのこの席は、受験を半年後に控えてピリピリしている高三の教室をちょうど見渡せる位置にあるけれど、私はそれ以上に、最近のハルとナツの様子が気になっていた。
 ナツの視線に気が付いたハルが教科書を指でトントンと叩く。それを見てナツはカバンから教科書を取り出したものの、手持ち無沙汰なようで、ページを適当にめくる音だけが聞こえた。
 昔からナツは英語が苦手で、よくハルが教えていたのを目にしていた。でも最近はその光景をあまり見なくなった。
 ページをパラパラとめくる音が止まった。私が身体を傾けてナツの様子を伺うと、ナツはハルの机の上に何かを置いた。
 紙飛行機だ。どこから取り出したんだそれ。
 案の定、ハルはナツに白い目を向けた。そうだよな、授業中だぞ。
 すると、ナツは窓の外を指さした。その手を陽光が照らす。こいつ、投げろって言ってんのか。
 ハルはしばし、考えるようにナツの目を見つめると、ため息をついた。優等生のハルは授業中に紙飛行機を投げるなんてことはしない——と思っていたが、英語の先生が振り返った瞬間、開け放たれた窓へ滑らかに三角形のそれを発射した。
 飛行機の行方を見つめるハルと、ハルを見つめるナツ。呆気に取られている私。
 ああそうか、この二人はずっとお互いの横顔を見つめてきたのか。

問4(潜入型)
 ナツが授業中にハルの横顔を眺めるようになったのは、今に始まったことではない。
 今から二年前、高校一年生のとき、二人が初めて天文部の部室で出会ってからずっとだ。
 英語の先生の声が響く教室で、夏の陽光を受けてキラキラと輝くハルの髪を見ながら、ナツはその時のことを思い出していた。
 ハルは星が好きで、ナツはロケットが好き。それが入部の理由だった。小学生の頃から星空に憧れていたハルは、ナツに自らの夢を語った。
 天文学者になりたい。
 ナツはそんなハルがまるで太陽のように眩しかった。
 今もその眩しさは変わらない。ナツが目でハルのなめらかな輪郭をなぞっていると、それに気が付いたハルがナツの方を見た。
 机に広げた教科書を、人差し指でトントンと叩いて注意する。
 近頃のナツが、いつにも増してぼんやりしていることにハルは気づいていた。
 理由についても、なんとなく思い当たる節はあった。
 ナツは自分が将来、何をやりたいのかよくわかっていないのだ。
 今度はハルがあの時のことを思い出す。
 ロケットに乗って、ここではないどこかへ行きたい。
 ハルに注意されてしぶしぶと教科書を取り出し、漫然と親指でパラパラとページをめくる姿を見ていると、ナツのロケットに行き先がないことは明白だった。
 だから、ナツが教科書に挟まっていた紙飛行機を渡してきたとき、ハルは少し驚いた。心でも読まれたのかと思い、ナツの方を見ると、窓の外を指さしていた。
 ハルはしばし思案して、窓の外へ紙飛行機を投げた。
 夜空にはあまりにも星が多いから、行き先に迷うのだ。
 ならばいっそ、昼の空に唯一輝く太陽を目指せば良い。
 光を受けながら遠ざかる飛行機を、見えなくなるまでナツは見つめ続けていた。

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