文体の舵をとれ(二周目)②
8章に入った。問2も終わり次第ここに追記する予定
問1
新庄秋穂は間が悪い人間だった。
お腹を壊した日に限って好物が夕食に出てくるし、傘を持たないで外に出ると雨が降る。
そんな自分の間の悪さというものを秋穂はよく理解していたから、どこかへ行くときには、慎重に計画をする癖がついていた。
今日、高校からの帰り道に本屋へ行こうとしていた秋穂が、最短ルートではない道——大通りではなくて細い裏路地——を通ったのもそのせいだった。
ふふん、大通りは今日、午後五時から道路工事で通行止めになるはず。やっぱり調べておいてよかった。
秋穂は上機嫌だった。首尾よく障害を回避できたし、なにより今日は、大好きな小説家の新刊が発売される日なのだ。
だから、彼女は少し調子に乗ってしまった。
少しだけ近道しよう。
予定にない、ひとつ手前の角を曲がった。
このあたりの中でも、特に細い路地。両側は民家のブロック塀に挟まれていて、やや圧迫感がある。太陽はもうかなり傾いていて、路地まで光は届いていなかった。
だから、彼女は少し進むまで気が付かなかった。
道を塞ぐように置かれた人間の生首に。
〈大聖堂〉に奪われた首から下の身体はまだ無事だとリーは判断した。
なぜなら、思考をすることができていて、血の渇きを感じていて——
ぎゃああああああ!
——目の前に立つ少女の叫び声が聞こえているからだ。
「落ち着け」
リーは腰が抜けてへたり込んでしまった少女にとりあえず話しかけてみる。切断されたのが声帯より下だったのは幸運だった。
「ええああああっ……なんでしゃべっ……」
少女は全く状況が把握できていないようだった。無理もない。だがこうしているうちに〈大聖堂〉の〈執行官〉に見つかるかもしれない。女の叫び声というのはよく響くのだ。
「立て。私を隠せ」
「あっ、えっ、でも」
「いま人が来れば第一発見者はお前だろう? 疑われるぞ、お前」
「えっ、そんな、でも、でも、どこに隠せば」
「知るか!」
産まれたての子羊のようにプルプルと立ち上がった少女は、周囲をあたふたと見まわして——
リーの首を持っていたエナメルバッグの中に入れた。
新刊、買えないな。
秋穂がそんなことを考えているのは間違いなく現実逃避からだった。
歩く速度に合わせて揺れるエナメルバッグから感じられるずしりとした重みは、現在の状況が夢や幻なんかじゃないということを告げている。
生首をバッグに入れたあと、秋穂は結局、家にそれを持っていくことにした。正確に言えば、家以外に思いつかなかった。学校なんかじゃすぐに見つかってしまう。
歩きながら秋穂は考える。
何も分からない。まずこの生首は誰のものか、なぜ首だけでも生きているのか、それに、顔の細部を思い出そうとしても思い出せない。あまりにもびっくりしていたからだろうか。
とりあえず、明らかなことは一つだけだった。
秋穂はまた間が悪かったということだ。
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