文体の舵を取った①

 最近TLで『文体の舵を取れ』が大流行りしている。

 http://filmart.co.jp/books/novel/steering-the-craft/

 私もいっちょ取ってみっか文体の舵をよ……ということで合評会に参加させていただいている。課題はどれもやっていて難しいものばかりだが、その分楽しい。考えてもみれば、仕事や学業で文章の内容や論理展開について考えることはあっても、文体それ自体を集中的に訓練した記憶というのはあまりなかった。

 以下、私が合評会に出した課題の文を第二章まで置いておく。

第1章 自分の文のひびき

問1
 天高く大地を照らす太陽が広大な砂漠を灼いている。絶え間なく吹きすさぶ熱風によって形成されたフラクタル構造がもたらす大波小波は、大海に取り残された者の距離感覚を奪い、無限の絶望を与える。未だ意思の折れぬ者たちは、知識によりこの砂漠に終わりがあることを知ってはいるが、理性による希望と感覚による絶望のはざまで次第に消耗し、その歩みを止めることになる。
 しかし彼は希望を抱き天を見上げ顔を火傷することも、絶望に陥り慟哭によってそのわずかな水分と体力を消耗することもなかった。彼が持っていたのはただ一つ、信仰のみであった。彼は真っ直ぐ前を向き、無心に歩いていく。そこには祈りのかけらすらない。彼の信仰する死の神は、人間を導くことは決してない。ただ待つだけだ。彼にとっては、希望も絶望も等しく無価値であって、ただ通り過ぎるものなのである。
 父も母も親戚も、みなこの砂漠で産まれ、死んでいった。骨は焼いて砕き、砂の一部として還した。言い伝えによれば、この砂漠の砂は、もとは全て我々の骨からできているのだという。ここはゆりかごであって墓場なのだ。


問2
 そんなことがあろうか!私は秘書からそれを聞いて飛び上がった。想定外だ。いや、僥倖には違いないが、それでもそんなことがあるものだろうか?私の足は忙しなく部屋の中をウロウロと動き、上半身との連携が全く取れないままさまよう。下半身がたまたまデスクの前を通ったときにコーヒーの入ったマグカップを残された上半身で捕まえた。カフェインが入っていると却って落ち着かないだろうか?いやそもそも祝杯でもいいのではないか、興奮でどうでもよい考えすらも次々と湧き上がってくる。下腹に力を入れて、上半身と下半身のつながりを取り戻す。まずは真偽を確かめなければ。右手と右足を同時に前へ出しながらヒョコヒョコと椅子へ戻って秘書に内線をかける。―——私だ。先ほどの件だがあれは本当かね?いや、君の能力を疑っているわけではない、私は君が優秀なことをもちろん知っているが、さすがに少し私にとって都合がよすぎるのではないかと思ってな。そうか、分かった、いちおうもう一度確認を頼む。直接だぞ。受話器をおろして息をつく。コーヒーは、と思ったがそういえばさっき飲んでしまったんだった。替えのインスタントコーヒーがなくなっていたことも思い出す。再び秘書に電話をかけようとして——―そうだ、今さっき外へ遣ったんだった。

第二章 句読点と文法

 外出しようとしたところ隣に住んでいるAと隣の隣に住んでいるBが家の前の道路に立っていて昨日の夜に私の家の前で変なものを見たと言うのだがAによればそれは全身が銀色で街灯に照らされてギラギラと光っておりBによればその骨格は足が4本あって足の間をつなげている肋骨のようなものが向かい合うよう縦にいくつか連なりとても生き物には見えなかったのでおそるおそるそれを持ち上げてみると一抱えもあるのにほとんど重さを感じさせないほど軽く試しに腕に力を入れて締め上げると痛みを訴えるようにキィキィと鳴いたというのだけれども私の知る限りそんな生き物は存在しておらず鳥肌が少し立つのを感じつつもギュッと拳を握ってまだいるかもしれないと言って止めるAとBを尻目にそれが居たらしい夏ミカンの植え込みの前に来たところ地面には確かに足跡が複数にわたって残っていたのだが奇妙なことに聞いている重さの割にその足跡は深く明らかに重みを感じ上を見てみれば生っていたはずの夏ミカンが数個なくなっていたので私は電話をかけるふりをして言った泥棒です昨日の夜にうちの夏ミカンが脚立を使って盗まれました犯人は分かっていますと。

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