「お前らのために怒ってるんと違うで。ムカつくから怒ってるんや。」

どんな文脈で言われたのか忘れたけれど、このタイトルは高校生のとき数学の先生が言った言葉だ。

僕はこれを聞いたとき、「この人は誠実な人だなぁ」と思った。当時の僕は、その理由を説明する言葉を持っていなかったけれど、とにかくそう思った。

僕たちは大抵「お前らのため」に怒られる。これが嘘だということは誰しもが知っていることだけれど、嘘ではないと信じるフリをしなければならないと憲法に書いてある。不文律という名の日本国憲法よりも強力な憲法に。

憲法は、権力者とそうでない人たち(例えば、大人と子ども)は別の人種だと説明する。全知全能であり未来を完全に予測することが可能な大人と、未熟さゆえにこの世の理を知らない子どもという2種類の人種だ。

大人は、子どもがどのように振る舞えば幸せになれるか完全に理解しており、その通りに導くことを自分の使命だと感じている。もし、子どもが自分の指導に背いた場合は、「怒る」という行為にて軌道修正しなければならない。それが子どものためになるからだ。

もちろん、ここまでは全てフィクションであり、いわばごっこ遊びなのだが、それを信じさせるときの呪文が「お前らのために怒ってるんや」なのだ。

「ムカつくから怒っている」というのは、このごっこ遊びの上では成立しない。子どもは無力さゆえに、大人をムカつかせることはできないということになっている。

それでも大人が怒るのは、「子どもが大人を(あたかも)ムカつかせるような行動をとることは、子どもの将来に不利に働くため、あえて怒る」というわけだ。

件の数学教師は、ゲームのステージから降りて、人間として僕たちと向き合った。ようやくゲームのルール通りの常套句ではなく、言葉と言葉で理解し合える関係になれたのだ。

そういう大人になりたいなぁと、大人になった今は思う。

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