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不都合な歴史はそこらじゅうに書かれているが、何も変わらないのさ

ワンピースの熱心な読者なら、「空白の100年」「ある巨大な王国」といったキーワードにワクワクせずにはいられない。ワンピース世界の成り立ちは、謎に満ち溢れていて、それらが解決されるかもしれないという期待で胸を高鳴らせて、毎週ジャンプの早バレをチェックしている読者も少なくないはずだ。

フィクションの世界の「成り立ち」には、誰しもが興奮する。しかし、いざ実際に自分たちが暮らすこの世界の「成り立ち」に話題が移った途端、年号の丸暗記科目と見做される。あるいは「あぁ、アトランティスやロスチャイルド、ヒトラー生存説みたいな話?」と、急に現実味のない都市伝説のような扱いになる。

ただ、実際のところ「国家とはどのようにして生まれたのか?」「貨幣はどのように生まれたのか?」「民主主義とは何か?」「資本主義とは何か?」これらのテーマについて、僕たちが常識だと思い込んでいるナラティブは、たいてい事実と異なる。そういう謎については、歴史家や政治学者、哲学者、アナキストたちが大著を記しているにもかかわらず、『資本論』や『負債論』、『道徳の系譜学』『反穀物の人類史』を熱心に読み込む読者は多くはない。

ワンピースの世界では、真実は世界政府が慎重に覆い隠している。まるで、少しでも真実が明るみになった途端に世界政府の権威が崩壊してしまうかのようだ。

一方で僕たちの世界では、不都合な歴史は十分に明るみにされている。例えば、国家の原初的暴力の話や、物々交換の神話の話などなど。しかし、それらは世界を揺るがす秘密にはなり得ない。よくよく考えれば現代の秩序や経済システムの全てを否定するような情報があったところで、それらは基本的に取るに足らないものとして無視される。

そんなことよりも人々はワンピースの世界の謎に夢中になるのだ。

自分に関わる事柄で、謎を謎のままに認識することは難しい。そういえばレヴィ=ストロースも言っていた。僕たちは誤ちには耐えられても、無秩序には耐えられない。無秩序とは知的な無秩序という意味だ。「何やら意味不明な事件や物体」のまま謎を素通りすることは難しい。謝っていようがなんだろうが、なんらかの意味づけをしてしまえば、それで納得してしまう。

つまり、歴史の謎についても、誤ったナラティブを一度確信してしまえば、もうそれ以上何かを追求しようという気持ちにはならない。

一方で、ワンピースの世界では、確信できるに足る情報は、尾田栄一郎が描くストーリー以外にはない。ワンピースを読む以外に、無秩序を解消する方法が存在しないのだ。だからこそ、人はワンピースに夢中になる。

だが、一度、流布するナラティブに対して疑問を抱いた人は、大著を紐解くことがやめられなくなる。僕もその病にかかっている。ワンピースも何度も読み返すけれど、『負債論』も穴が空くほど読んだ。

楽しいね。知識が革命を起こすことはないけれど、それでも楽しいね。

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