共産主義と資本主義、どっちが人を殺したのだろうか?

共産主義が殺した人数には、毛沢東とスターリンとポルポトあたりの影響で死んだ人がカウントされるわけだが、資本主義が殺した人数は何をカウントするべきなのだろうか。

プランテーションで強制労働させられた奴隷の死は? 2回の世界大戦は? いまも世界中で起きている子どもたちの死は? 世界中にいる難民は? 凍え死ぬホームレスは?

すべてを資本主義という単一の理由に還元できるわけではないが、少なくとも間接的に殺していることは間違いない。しかし、資本主義が人を殺してるなんて誰も考えていない。

共産主義者が暴力事件を起こせば「これだから共産主義は‥」とバカにされる。イスラム教徒が暴力事件を起こせば「これだからイスラムは‥」だ。

じゃあ資本主義社会に暮らす自称無神論者が暴力事件を起こせば「これだから資本主義は‥」と言うだろうか?

たぶん言わない。

企業の不祥事をみて「これだから資本主義は‥」と言うだろうか?

たぶん言わない。

自分が信奉するイデオロギーや宗教の中で起きる不祥事は、システムが持つ構造的な欠陥だとはみなされない。事件を起こしたのはあくまで外れ値的な個人による仕業でイレギュラーであり、私たちには関係ありません、というわけだ。

一方で、自分が信じていない共産主義やイスラム教を信じる人が不祥事を起こせば、そこにいる人たちは十把一絡げにされ、システム自体が持つ重大な欠陥だとみなされる。

そしてもう1つ不思議なのは、なぜか、手柄は全て資本主義に持っていかれることが多いことだ。それによって資本主義の欠陥は帳消しにされる傾向にある。

世界中にはまだまだ問題があるものの、テクノロジーの発展、児童死亡率の減少、清潔な水とインフラ、機会の平等など、欠陥を補ってあまりある成果があるではないか。

果たしてこれもどこまで「資本主義のおかげ」とみなせるかは怪しい。クロポトキンなんかは「資本主義は逆にテクノロジーの発展を阻害している」と言っていて、僕もその意見に賛同している。

歴史を冷静に見直せば、ITのテクノロジーはほぼ軍事技術の副産物だし、他のイノベーションも資本主義の枠外にいた人たちの成果のように見える。インフラ整備や衛生面の向上は確かに資本主義的な規模の経済がなければ実現できなかっただろうが、これらはそもそも資本主義国による破壊がなければ必要なかったような気もする。

まぁいずれにせよ、何かの結果を、何か一つの原因に求めるのは間違っている。アンチ資本主義者である僕も何でもかんでも資本主義のせいにする傾向にあるが、ちょっと冷静になるべきなのかもしれない。

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