想像しうる限り最もつまらない映画『モンスターハンター』について

モンスターハンターの映画が制作されるという噂を聞いたとき、僕は小躍りしたのを覚えている。

中世なのか、近世なのか、少なくとも近代以前に人々が逞しく自然と共存する時代をベースにしたファンタジーなあの世界観が、巨大なスクリーンで味わえるのか!と。

ありがちなことに、公開日までその期待は持ち堪えることなく、結局映画をスクリーンに観に行くことはなかった。そして後日、妻の要望に応えてツタヤでレンタルすることとなったのだ。

そして驚愕した。人間はこれほどまでにつまらない映画を作ることができるのか?と。

『ブルシット・ジョブ』という書物の中で、最近の映画がなぜつまらないのか?という点について考察がされていた。イナゴのように群がるエグゼクティブのクリエイティブごっこと、プレゼン大会に振り回されて、必然的に荒唐無稽な映画に成り果ててしまうという、ブルシットなメカニズムが提示されていた。『モンスターハンター』を観ているとき、そのブルシットな会議の様子が、鮮明に思い浮かべることができた。

僕たちが観たかったのは、純粋なモンスターハンターの純粋な世界観だ。つまり、大自然と驚異的なモンスター、そこに勇気と立ち向かうちっぽけでも創造的なハンターたち。それで十分なのだ。

それなのに…

エグゼクティブ1「意外性を求める観客が、それで満足するか?」
脚本家「いや…」
エグゼクティブ2「それだけじゃ物足りない。ホラー要素と組み合わせればどうだろう? ジェームズヤングが言うように、クリエイティブとはアイデアの組み合わせなのだ」
エグゼクティブ3「いいね。最近はSFブームもきていて、SF映画の動員数が伸びているというデータもある。いっそ異世界転生要素も組み合わせてみるといい」
脚本家「・・・」
エグゼクティブ4「だが、アクション要素がなくなってしまわないか?」
エグゼクティブ5「異世界のハンターとの接触で、アクションを繰り広げればいい」
エグゼクティブ6「異世界との接触なのだから、そこの出会いは丁寧に描かねば、最近の観客は論理的整合性を重視する」
エグゼクティブ7「ホラー的なカメラワークも忘れてはならない。観客の没入感を高めるというデータが揃っている」
脚本家「…書き直します」

そして、安物の食べ放題のように、あらゆる要素を組み合わせて何がしたいのかよくわからないストーリーがそこに生まれた。

この映画を見てエグゼクティブたちはどう思ったのだろうか? 自分のアイデアが反映されてご満悦だったのだろうか。

わからない。だが、この映画産業のブルシット具合が修正されている様子はまだないので、きっとご満悦なのだと思う(なんだよ『ダンブルドアの秘密』って)。

つまらないものを作りたければ、たくさんの人の意見を聞くといい。面白いものを作りたければ、自分の声を聞くといい。

1回でもサポートしてくれれば「ホモ・ネーモはワシが育てた」って言っていいよ!