僕は変な奴【雑記】

どうも僕は、自分はまともな人間であると周囲に見せびらかそうとする癖が身についてしまった。ある程度は仕方がないのだ。変な奴だと思われると、少々めんどくさい。まともな奴だと思ってもらった方が、滞りなく進行することが多いのである。

ところがどっこい、まともな人間のふりをするのは疲れる。思ったことが言えなくなるからだ。一度まともな人間のふりをしてしまったが最後、その提示された人物像と矛盾しないように慎重に言葉を選んでしまう。

いや、僕はそもそもまともな人間ではあるのだ。でも、世間一般の言うまともな人間ではないのだ。

なんせ労働を撲滅しようとしたり、子どもと住宅ローンを抱えながら年収一千万円超の仕事をかなぐり捨てて零細出版社を立ち上げたり、販路を考えないまま本を二千冊印刷したりするのだ。常識的に考えて、そんなことをするのはバカである。

とはいえ、バカにはバカなりの理屈がある。僕は自分を含めた家族の幸福を真に願っている。そのためには、僕自身が生き延びることが不可欠だ。年収一千万円超の仕事を続けていたら生き延びることはむずかしそうだった。そして、ほかの労働をやっても同様である。なら、一番死なずに済みそうな出版社を立ち上げて、一番死なずに済みそうな「労働の撲滅」を目標に生きることは理にかなっている。

そもそも一千万円以上の年収を子どもたちにじゃぶじゃぶ注ぎ込んだところで、子どもたちが幸福になるとは思えない。むしろ、注ぎ込めば注ぎ込むほど、子どもたちが不幸になるような気がしている。少なくなっていく一方の勝者のポジションへの椅子取りゲームに参加させるような教育だけは、僕はやりたくないのである。

子どもたちを幸福にするにあたっては、もっと効率のいい方法がある。労働を撲滅すればいいのだ。僕は世界中の子どもと大人の幸福のために、労働を撲滅したいのだ。僕としては、かなり合理的な判断なのである。

といった理屈を大っぴらに主張するには、僕は変な奴であると理解してもらう必要がある。痛々しい変人アピールだと思われるなら、それはそれで結構だ。変人アピールと思われていることは、裏を返せば僕がまともであると思われている証拠である。

思ったことを言いたい。変なことでも言いたい。僕はまだビビってるようだ。手足が震えて仕方がない。見捨てられたくない。嫌われたくない。そんな思いにしがみついている。なにと戦ってるんだか。いい加減、好きにやろう。

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