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想い出の中にいるという感覚

9年前に芸人を辞めてしまった先輩に会いに成田まで行ってきた。

その先輩は14年前に僕が事務所に入って最初におもしろいと思ったコンビの人。

僕はそのコンビのネタを初めてみたとき
こんな人達がまだテレビに出れてないんだったら売れるって難しすぎるなぁと頭を抱えた。

先輩はその後すぐにエンタの神様に出演し僕は安心したが
売れることが難しすぎるのはその通りだった。

僕は先輩コンビと仲良くなるために4人でやるユニットコントの台本を書いて「このネタで一緒にキャラキング(深夜コント番組)のオーディションを受けませんか?」とお願いした。

先輩達はすぐにOKしてくれて僕は当時ハマっていたポストペットのSNSに「憧れの人とコントができる。嬉しい」と謎の匂わせ投稿をしたのを覚えている。

僕が書いたのは「ネガティ部」という部活のコントで4人でおそろいのジャージを買ってカラオケで練習をした。

値札をつけたまま練習をしていると先輩が「お前このオーディション受からなかったら返品できる可能性残してんな」と笑ってくれたのが嬉しかった。

もちろんそのオーディションには受からなかったが、僕らはそこから毎週木曜日に事務所の稽古場に集まることになる。

事務所が選んだ数組による勉強会が始まったのだ。

その勉強会は「見込みのある若手に演技レッスンを受けさせ、コントのレベルをあげる」という名目だったが
事務所の専務が目があった順に声をかけていっているのを見ているので本人たちに「選ばれし者」という感覚はなかった。

レッスンはピンとこないものばかりで嫌だったが養成所にいっていない僕らのコンビはそれが養成所のようで楽しくもあった。

終わったあと銭湯で講師の悪口をいったり
稽古場に残って一緒に新ネタを作ったり
You Tubeでも流せないような下品な罰ゲームで騒いだり。

そして帰りはいつも先輩のバイクの後ろに乗せてもらっていた。

先輩も僕も千葉方面に住んでいるので事務所の稽古場からは約1時間半のドライブ。

僕はバイクの後ろに乗るのも初めてだったし、東京の街を電車以外で走るのも初めてだったので小声で「すげぇ」を連発していた。

そして建設中のスカイツリーが見えると先輩が「まだ完成しないの?」と言い、僕が「すみません。夏までにはなんとか」と答えて笑った。

勉強会が始まって1年が経つ頃、メンバーの1組が解散することになり、勉強会の最初に挨拶をした。

僕はその挨拶を聞きながらこの時間がいつまでも続くわけじゃないんだなと感じた。

その日の帰り道、完成したスカイツリーを先輩のヘルメット越しに見ながら「これはいつか絶対”あの頃”として思い出すやつだ」と思った。

先輩はその年の12月に解散し、当時「仲が悪いから絶対一番はやく解散する」と言われていた僕らは一番長くコンビを続けた。


久しぶりにあった先輩は軽自動車で駅まで迎えに来てくれた。

ダッシュボードには奥さんがハマっているというGENERATIONSのCDが載っていた。

あのバイクは4年前に売ったらしい。自営業だからバイクを売るにも確定申告との兼ね合いがあって大変だと話してくれた。

僕が先輩のバイクから見たあの頃の景色の話をすると先輩もそのほとんどすべてを記憶していてなんだかそれが嬉しかった。

いまこれを書いている僕の部屋着はあのとき買ったジャージだ。
もう値札はついていない。

お買い物が好きなので そのお金で買わせていただい物の話を書かせてください