小説『あづさあいの東屋』

雨礫が投げつけられる。さっきまで柔らかかった雨粒が、鈍色の雲から落ちてくる間にでっぷりと肥え太って僕の頭に当たって破砕する。塵や埃を溶かした雨水が頭皮の上を滑り落ちる。落ちてくる弾の数は増える一方。僕は逃げることしかできない。

 

僕は雨宿りするために東屋に入った。東屋は景色が見えるように四隅の柱だけで屋根を支えているのに、そこの一面は石垣、二面は緑が生い茂っていて、一面だけしか景色が見えない。景色が見える面にも紫陽花が東屋に侵入しそうなほど近くに咲いている。紫陽花は雨に打たれて音を立てて泣いている。その紫陽花と向かい合うように女子が座っている。

僕はハンカチを出して顔を拭う。でもそのちいさな布じゃどうにもならない。髪から滴が落ちる。

 

「降られちゃったね」
話しかけられた。背筋に力が入る。
「はい」
「座ったら」
彼女が自分の隣を指して言った。
「ありがとうございます」
僕は友達とも他人とも言えない隙間を空けて座る。

彼女はは学年が上にも見えるけど、大人っぽく見えるだけかもしれない。雨宿りしてるのかなって思ったけど、あまり濡れてないからもっと前からいたのかもしれない。

僕は正面を見る。雨が当たって屋根が鳴る。

 

「一人?」
当然する質問だ。家から少し離れた所にある大きい公園。週末なら人がたくさんいるけど、平日の夕方になんか普通来ない。
「はい」
「紫陽花好き?」
「えっ?」

あまりにも唐突な質問にいつものトーンで声が出た。同時に彼女の方を見る。彼女は僕の方を見ていなくて目の前で雨に濡れている紫陽花を見ている。僕の返答を待っているのか、そんなことどうでもよくてただ紫陽花をみているのか区別がつかないくらい静かだった。

「どちらかというと嫌いです」
「なんで?」
「悲しくなるからです」
「雨が降るから?」
「それもあります」
家に帰りたくないときはここに来るから。ここまで来れば知ってる人に会わなくてすむ。でもこの場所はきれいじゃない。

 

「私は紫陽花好きなんだ」

「そうなんですね」

「特に今日みたいに雨に濡れた紫陽花が好き」

目の前の紫陽花をもう一度見てみる。葉は水分を含んでぬらぬらと光っていて葉脈がくっきりと浮き出ている。花は雨粒をひっきりなしに受けて揺れている。やはり涙をためている。

 

「ここにはよく来るんですか?」

「来るよ。家に帰れないときはいつも」

息を吞む。それを察したのか彼女が言葉を続ける。

「これを言うといつもこんな空気になる」

彼女は笑っている。僕は何も言えなかった。

「この悲しさも私のものだから」

「えっ?」

「私の感情は全部私のものだから。君の感情も同じ。自分のを大事にする。ほら見て」

いつの間にか雨は上がっていた。雲間から太陽の光が注いでいる。

「雨に濡れた紫陽花ってきれいでしょ?」

紫陽花についた水滴が照り映えていた。

 

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