そしてまた、棺を担ぎ直した。

 何度も荷物を降ろそうかと思った。
何度も筆を置こうかとも思った。
何度も喉を潰そうかとも思って、
何度もその度顔を覆っては涙を零した。

 立ち止まってしまっただけで、気が狂いそうな気がした。
その場に留まる為には、走り続ける必要があったからだ。
いつぞやの笑顔の練習を思い出した。
あれを捨てた事だけが大事な不正解だった。

 「優しさ」ってくだらないらしい。
そのくだらなさに憧れた。貴方は、
いつも当たり前を繰り返す。
それが世の中じゃ歪な姿だ。

 虚ろなのに夢ばかり見るのは。
引き摺った傷口が今も痛いからだ。
目を閉じれば何にも無いけれど。
目を開けば全てが尊いのだ。

 春には置いていかれ。颯爽に散る桜が綺麗で。
夏はただ過ぎ去って。全てが後の祭りだ。
秋に肩を叩かれ。豊穣より朽ち葉が目に映る。
熱は失せたままのようで。気付けばまだ冬の内側だ。

 死んでしまったのかと疑ってみたが、
結局は忘れられないのだろう。
狂ってしまったのかとも思えば少し楽だったかもなんてのも正気である証左だろう。
だからこそ痛覚を手放さなかった自分を褒めた。

 苦味を抱えた君は甘味に溺れることは無いでしょう。
無を抱えた猫は二つ目の命をいずれ享受するでしょう。
孤独を抱えた夜は残酷ながらも明けるでしょう。
灰を抱えた樹木はゆるりと四季を迎えるでしょう。

 だから私は前を向きたい。
立ち止まった足を動かしたい。
どうせ何にも気負うことない一人旅だ。
全てが彼方の先へあるのだから。
私は棺を担ぎ直した。

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