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複雑に絡み合う情念をスパッと斬る気持ちよさ。大奥を舞台に、組織が抱える問題を描く 『劇場版モノノ怪 唐傘』中村健治監督・ノベライズ作家 新八角 映画公開記念対談

薬売りの現るところ、モノノ怪の気配あり──。2006年に放送されたアニメ『怪~ayakashi~』の一編から派生し、07年にTVシリーズとして放送された『モノノ怪』。斬新なアートスタイル、薬売りのミステリアスな魅力で今なおファンに根強く支持されるこの作品が、ついに劇場版に! 7月26日から公開される『劇場版モノノ怪 唐傘』は、情念渦巻く大奥を舞台にした絢爛絵巻。公開を記念し、中村健治監督と公式ノベライズ『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』を執筆した新 八角さんとの対談をお届けする。
(『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』https://www.amazon.co.jp/dp/4041140900

取材・文:野本由起


大奥は官僚機構 劇場版では“お仕事もの”として女の園を描く

──『劇場版モノノ怪 唐傘』は、大奥での怪異が描かれます。大奥を舞台にしたのはなぜでしょうか。

中村:最初に浮かんだのはビジュアルでした。広間に女中たちが並び、薬売りが中心に立っているキービジュアルがあるのですが、あの画がポンと頭に浮かんだんです。そこで「大奥にしよう!」と言ったら、他のスタッフも「いいね!」と。深いことは考えず、一瞬で決まりました(笑)。

そこから、まず「大奥って何なの?」というところから考えていきました。吉成香澄さんに時代考証をお願いしたのですが、話を聞くうちに大奥に対するイメージが変わっていったんです。僕がそれまで抱いていたのは、将軍の夜伽相手になって世継ぎを産んで、敵対勢力の子は毒殺して……みたいなイメージ。実際そういうこともあったようですが、実態はむしろ官僚機構に近かったそうです。

大奥に持ち込まれた各地域の陳情を、女性たちが根回ししつつ取りまとめて、男性がハンコを捺す。それって、今でいう官僚じゃないですか。しかも、女性たちが仕切るので戦に発展することもありません。そういう官僚機構としての大奥を強く打ち出したいと思いました。

新:私がノベライズの依頼をいただいた時も、“お仕事もの”だと言われたのを覚えています。大奥という女性社会を描きつつ、それが現代の人々が抱える問題の縮図になっている。そこが面白いですよね。

中村:今、新さんが言ったように、今回の劇場版では大奥を学校や企業といった組織のカリカチュアとして描いているんです。人が集まるとルールができて、そこに乗れる人と乗れない人が出てくる。個人の夢と組織の目標ってそんなにきれいに重ならないし、その中で評価される人と評価されない人が出てしまう。それは、当時の人たちも今の僕らも同じですよね。女性だから云々というより、「人間が集まればこういうことになるよね」というシンプルかつ普遍性の高い話になりました。

新:組織の中で生きていくには、どういった立ち居振る舞いをしなければならないのか。登場人物たちの思惑や苦悩が見どころだと思います。

アサとカメ、対照的ながら互いを肯定し合うふたりの主人公

──劇中では、アサとカメというふたりの女性が大奥にやってきます。彼女たちはどういう存在なのでしょうか。

中村:アサとカメ、ふたりで主人公だと思っています。アサは息をするように仕事ができるし、大奥のしきたりや儀式も「そういうものか」とすんなり受け入れられるタイプ。でも、カメが彼女の横で何度も何度もつまずくので、「カメちゃんが幸せじゃない状態は、私も嫌だな」と思うんです。しかも、そう思えることが最終的にアサ自身を救うことにもなるんですよね。カメと過ごした時間は、アサの今後の人生においても、すごく活きてくると思います。

新:アサはとても有能ですが、そんな彼女がカメに惹かれるところに面白さがあると思いました。アサにも弱さがあって、カメにだって強みはある。お互いを補い合える関係だからこそ、ふたりで主人公なんでしょうね。

中村:そうなんですよ。世の中にも、効率よく仕事ができる人と鈍くさくて不器用だけど大切なものを持っている人がいますよね。そういう人たちが喧嘩をするんじゃなくて、力を合わせてくれたら世の中がもっとよくなるのに、と思うんです。相手を馬鹿にするわけでも妬むわけでもなく、すごいところはすごいと認め合う。そうやってお互いを肯定し合えるアサとカメの関係が、僕はすごく素敵だなと思いました。「この子たち、ずっと友達でいてほしいな」と心から思えたので、制作中もふたりの存在に癒されましたね。

新:アサは賢いので、物事を理論立てて考えられるんですよね。大奥でも「この人にとってこういう利益があるから、こう動いたほうがいい」という立ち回り方が瞬時にわかります。でも、そういう損得勘定抜きで、ただただカメがアサを肯定してくれる時にアサの心が動くんです。

中村:そう、計算じゃないんですよ。

新:カメの存在によって、アサが変わっていき、救われる。自分はそこが好きですね。

中村:器用な人って、罠にハマりやすいんですよ。映画に登場する御年寄(大奥の最高職位)の歌山さんなんて、組織に適応しすぎて自分自身を疑問に思うことがほぼありません。誰かのひと言で「私にはここが見えていなかったんだ」と気づけば、ひょっとしたら変われたかもしれないけれど、周りの人たちはビビって何も言えない。そうすると、仕事はやりやすいかもしれないけれど、猛スピードで破滅に向かって進んでいってしまいます。「こういう誰かさん、あなたの周りにいませんか?」と、鏡のようにこの作品を観てもらえたらうれしいですね。

新:自分自身も、誰かに重なりそうですよね。

中村:「そうなるのもわからんでもないな」という人たちばかりなので、どのキャラも完全には否定できないんですよね。大奥そのものについても、完全否定したいわけではありません。組織や社会がないと僕らは何もできないし、そこに染まるのも悪くはない。ただ、染まりきっちゃうのもどうなのよ、と。歌山さんのように自分に自信を持ちすぎるのも危険だなと思いますね。

人物像を掘り下げ、小説に取り入れたオリジナル要素

──新さんが執筆した『小説 劇場版モノノ怪 唐傘』には、アサの妹が登場するなどオリジナル要素も盛り込まれていました。ノベライズにあたって、どんな点を重視しましたか?

新:中村監督が言及された歌山は、仕事ができるという点ではアサとよく似ています。でも、二人のカメに対する思いはまったく違う。その違いはどこにあるのか、深掘りして考えた時に「もしかしたらアサにはこういう妹がいたのかもしれない」と思い浮かびました。そこで小説では、心の内側に隠しているけれど、妹のことがわだかまりになっている、という設定にしました。

また、カメがひとりで大奥に飛び込んできた経緯も、小説では詳しく書きました。カメは大奥で浮かれているように見えますが、そもそもここに来たこと自体がすごいこと。彼女を衝き動かす原動力って何だったんだろうと、掘り下げていきました。

中村:新さんの小説は、第一稿から素晴らしかったですよね。「こうしてみたんですけど、どうでしょう……」とおずおず原稿を差し出されましたが、読んでみたらとてもよくて。なによりもアサとカメに対する愛情をビリビリ感じました。

新:『モノノ怪』はアニメーションの世界観がすでに完成されているので、そこに私の解釈を強めに入れ込みました。「自分は、このキャラはこういうことをしていたと思う」と自由に書かせていただき、ありがたかったです。

──新さんは、もともと『モノノ怪』という作品についてどんな印象をお持ちでしたか?

新:もう、アートですよね。この作品のように、人間の社会に直接斬り込んでいくアニメーションってなかなかないと感じていました。一視聴者として稀有なシリーズだなと思っていましたし、そもそも自分も物語に社会性を込めたいタイプ。その点がマッチしていたので、ノベライズの話をいただいて本当にありがたかったですね。

中村:打ち合わせもスムーズでしたよね。新さんは、饒舌に書きたい人じゃないですか。文章に潤いがある方なので、今回の小説を読んで、やっぱり小説が主戦場なんだなと思いました。

新:脚本は制作上他者にゆだねる部分がありますが、小説はすべて自分で設計できるんですよね。言葉だけで物語を積み上げていき、「このタイミングでこの言葉を入れたい」というような微妙な時間のコントロールもできる。そこが小説の面白いところです。物語は同じでも、映画から受けた印象を小説でどう表現するかは、全く別のプロセスとして考えていきました。

中村:言葉と映像って、実はすごく距離がありますよね。言葉のうえでは成立していても、時間の流れを伴う映像というメディアに落とし込むと、そのままの順番では違和感を覚えることがある。
その点、新さんが書く小説は映像の情報量を伝えつつ、すごく読みやすいじゃないですか。普段小説を読まない人にも、おすすめできる読みやすさです。「え、こんなに読みやすいんだ!」って読みながらびっくりしました。

TVシリーズとは別の存在!? 異なる薬売りが登場

──今回の劇場版では、TVシリーズから薬売りのビジュアルも変わりましたよね。TVシリーズからの変更点や見どころについて、お聞かせください。

中村:もっとも大きな違いは、TVシリーズと劇場版の薬売りは違う存在だということですね。

──え、そうなんですか!?

中村:世界観は同じですが、今回登場するのはTVシリーズとは別の薬売りで。行動原理も違います。TVシリーズの薬売りは、部外者的で体温も低め。人に対して興味があるのかないのか……という感じです。

ですが、劇場版の薬売りは、他人に対してすごく興味がありますし、人を守ろうとすることも。走ったり飛び回ったりとアクティブで、運動神経もいいんですよね。

今回薬売りを演じた神谷浩史さんいわく、「薬売りのたたずまいはこう」「ここは崩さない」というポイントを入れておいたそう。「薬売りを演じるからにはここを大事にしたい」と声優さんだけにわかる秘伝の何かを入れたのだと思います。

──劇場版の薬売りの活躍も楽しみです。「モノノ怪」シリーズは、15年以上にわたって愛されてきたアニメですが、どういった点が支持されてきたと思いますか?

中村:“型”じゃないでしょうか。和の雰囲気で、薬売りというかっこいい傾奇者が登場する。モノノ怪の“形(かたち)”と“真(まこと)”と“理(ことわり)”を明らかにすると、「退魔の剣」がカチンと鳴る。そして、薬売りが変身する。ファンの方々は、このフォーマットがお好きなんだと思います。

そしてこちらとしても、このフォーマットを崩す気はありません。劇場版でも、必ず刀は鳴ります(笑)。変身シーンも力を入れているので、絶対に損はさせません。

新:そこで描かれる人々の情念が複雑に絡み合っているのも、『モノノ怪』の魅力ですよね。もつれた情念がフォーマットに従ってスパスパ斬られていくところに、この作品の気持ちよさがあります。我々が生活している現代社会には、どうしても割り切れないことがあるじゃないですか。薬売りが現れてスパッと斬ってくれたらな、と思うこともたくさんあります。そういう社会だからこそ、この作品が輝くんでしょうね。

中村:そうかもしれないですね。

新:現代は、社会に溢れる情報がどんどん濃密かつ複雑になっています。SNSのような技術によって怨念が増幅されている気もする。そういう社会だからこそ、薬売りに一回祓っていただきましょう、という感じなのかもしれません。

中村:TVシリーズの『モノノ怪』は、自分と近いけれど関係のない何かを斬っていたんですよね。ですが、今回の劇場版は観ている側も斬られた気持ちになる。しかも、斬られて「あ、気持ちいい……」となる(笑)。そういう方向にアップデートしました。

逆に、それぐらい本気で生々しいことをやらないと、サラッとしたものになってしまうんですよね。フォーマットがシンプルだからこそ、そこに胃もたれするくらいのものを入れないといけないと思いました。

──『モノノ怪』を15年以上愛し続けているファンに対し、どんな思いがありますか?

中村:今回、クラウドファンディングも行いましたが、ファンの力によってここまで状況が動くんだと初めて実感しました。クラウドファンディングで結果を残すと、数字に興味を持ってくれた方々がたくさん協力してくれて、プロジェクトの規模が何倍にも広がっていくんです。SNSで新しい情報を発表した時にも、インプレッションが多いと「あ、この作品はそんなに注目されているんだ」と可視化され、また僕らにいい風が吹いてくる。今回はとても良い循環が生まれましたし、ファンの力で作らせていただいた作品だなと思います。

新:ファンの方々の愛が深いですよね。

中村:本当にそうなんです。僕がこの劇場版を最初に届けたいのは、TVシリーズの頃から『モノノ怪』をご覧になってきた方々。それに加えて、今は配信サービスもありますから、昨日初めて『モノノ怪』を観たという方もいるでしょう。そういった方にも楽しんでいただけるよう意識しました。

今回は音響にも凝っていて、左右にはっきり分離させています。映画館で観ると、面白い体験ができると思います。僕らはアトラクションだと思って作っているので、必ず発見があるはず。ぜひ劇場に足を運んでいただきたいです。

新さんの小説も本当に素晴らしいですよ。小説のほうが先に発売されるので、先に読んでどんな映像になるのかワクワクしながら待つもよし。劇場版を観たあとに読んで「なるほど」「ここはこうなるんだ」と納得するもよし。副読本としても楽しめるので、ぜひ読んでください。マジで面白いですから。


小説版あらすじ

ついに新作公開!『劇場版モノノ怪 唐傘』監督監修の公式ノベライズ!
アサは文字書きの仕事にあこがれ大奥へやってきた優秀な新人女中。一方、同期のカメは仕事が不得意で先輩にいじめられてばかり。アサは彼女のお世話に追われるが、それでもカメといるときはからっぽな自分の中に何か豊かなものを感じることができるのだった。大奥では集団に染まるために、大切にしてきたものを捨てろという。自分の想いを殺すこと、それでも捨ててはいけないもの……。少女たちは悩み、そして――事件は起こる。様々な過去を背負い大奥にやってきた女中たち。大奥を舞台に繰り広げられる、彼女たちの情念がモノノ怪を生みだす――。そこに現れるのは、謎めいた薬売り。形、真、理が揃ったとき、薬売りの退魔の剣がモノノ怪を斬る!

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映画情報

『劇場版モノノ怪 唐傘』
キャスト:神谷浩史、黒沢ともよ、悠木碧、花澤香菜、小山茉美 ほか
監督:中村健治
7月26日(金)全国ロードショー
映画公式ホームページ:https://www.mononoke-movie.com/


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