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なぜ、いま化学調味料愛好会なのか?

 ある晩秋の日の昼下がり。他に客のいない町中華屋の一隅でテーブルを囲んでいた4人のライターは、コロナ対策の換気のため開け放たれた窓から吹き込む風に肌を刺されながら、互いに体を震わせつつコップを傾けておりました。

「お待ちどおさま~」

チャーハン

餃子

ワンタンメン

 早い、安い、うまいの町中華ですから、寒風とビールに震える間もわずか、チャーハン、餃子、ワンタンメンなどが力強い湯気を上げながら次々と運ばれ、テーブルを所狭しと埋めていきます。箸と蓮華が交差する食卓を囲んで、しばしの間、各々沈黙したままフウフウハフハフとただ咀嚼と嚥下をくり返していたのですが、ふと、ひとりがつぶやいたのです。

「町中華のうまさってさ、カチョーのうまさでもあるよねえ」

 カチョーとは、もちろん、化調……化学調味料のことです。この言葉を受けて、私はいいました。

「タイ料理のうまさも、かなりカチョーですよ」

 今年はコロナのせいで渡航できていないものの、これまで30回以上タイを旅していて、1年のうち1~2カ月は同地で過ごすことが多い私なのですが、とにかく現地のタイ料理には、化学調味料がたっぷり使われています。長らく化学調味料が不在だった我が家に「味の素」が復活した理由も、現地の味に近いタイ料理を自作するためでした。

 多くのタイ人は化学調味料を深く愛していて、その発祥の地の民である私たち日本人を称えてくれます。その証拠となるエピソードがあります。タイ・リピーターとなって2年目のある日、バンコクのスクンビット通りでトゥクトゥクに乗り込むと、運ちゃんはタイ語で私に話しかけてきました。(南国顔で色黒、サンダル好きの私は、現地でよくタイ人に間違われます。しかし、スクンビット通りでトゥクトゥクに乗るなんて、たいてい観光客だとわかりそうなものですが……)

トゥトゥ

 いまでも話せるほどではありませんが、当時の私はカタコトのタイ語も知らなかったため、困惑するばかり……。すると彼は怪訝そうに、今度は英語でこういいました。

「タイ人じゃないのか?」

「日本人だよ」

すると、彼は破顔一笑でこう叫んだのです。

「日本人か!アジノモトーッ!」

 東南アジアを旅していて、同じような体験をした人は少なくないのではないでしょうか。実際、私はこの「アジノモトーッ!」を何度か経験していますし、ベトナム在住の知人からも同じエピソードを耳にします。つまり、東南アジアの多くの地域では、『日本人=「味の素」の国の人』であって、それはありがたいことに我々日本人に対する親愛の証となっているのです。

 町中華で、シンプル・イズ・ベストの見事なチャーハンを肴にビールを飲みつつ、やがてライター4人はそれぞれの化調への思いを吐露していくこととなりました。

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「カチョーを一振りした卵かけごはん、うまいよな~」

「漬けものにも、必ず振ってましたね」

「刺身のしょうゆにも入れたもんだよ」

 ザーサイをパリパリつまみつつ、それぞれの化調の思い出話に花を咲かせているうちに、ひとりがこうつぶやいたのです。

「いつからだろうね……あまりカチョーを見なくなったのは……」

「東南アジアでは、あんなに愛されているのに……。カチョーの生まれ故郷であるはずの日本で……我々日本人はカチョーに冷たいですね……」

 その後、水を打ったような沈黙……となったわけではありませんが、カチョーの実力をありありと示す町中華メニューを味わったあとの我々は、

「このままではいけない!化調のために、いま動かなければ!」

 そう強く決意したのでありました。化学調味料愛好会は、こうして産声を上げることとなったのです。【文責=西益屋ハイジ】





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