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デスターシャが言えなくて。

結局、一度も言えなかった。

声出し応援ができなかったから球場で言えなかった、という話ではない。
もっぱら、自意識の話である。

2022年3月27日。
横浜スタジアムでの開幕シリーズ、広島を相手に2試合連続2桁失点で連敗後の3戦目。
2-4と逆転された直後の5回裏2死、4番キャプテン佐野恵太が今季チーム第1号となるホームランをライトスタンドに放り込んだ。
1点差だ。

(だいぶ酷い)連敗に心を蝕まれ、開幕3戦目にして「ベイスターズが勝ったら顎鬚を剃る」と、はやくも奇策に出たことを思い出しながらホームランのリプレイを眺めていた。
1点差だ。

と、最後にベンチ前のカメラに向かって佐野が、知野らと何かポーズを決めている姿があった。

・・・ん?

その後、6回裏に宮崎敏郎のホームランで同点。
よっしゃ。
特にパフォーマンスはなかった。

8回裏に牧秀悟のホームランで逆転。
よっしゃよっしゃ。
特にパフォーマンスはなかった。

だから、佐野のパフォーマンスのことは、あまり印象に残っていない。
その後の試合のことは、とても印象に残っているが、あまり書きたくない。
書くと今でも普通に体調を崩す自信がある。
よっしゃとかよっしゃよっしゃとか思ってた自分が最後に全部自分に襲い掛かってくる。
うるせ。
ふて寝。

翌日、佐野のパフォーマンスが「デスターシャ」というものであるということが紹介されても、あまり気に留めなかった。

2月の時点で佐野は(マリオカートの)インタビューで、よく見るYouTuber にサワヤンをあげ、(マリオカートの)インタビューの最後を力強く「デスターシャ!」で〆ている。
「もっともっと全コースで NISC ができるようになりたいデスターシャ!」。
No Item Short Cut。
マリオカートガチ勢。

とか言ってる場合ではなかった。
開幕3連敗という、いかんともしがたい現実があった。
デスターシャどころではなかった。
投手が打たれ、守備が乱れ、打者が抑えられ、なんとか逆転したら抑えが逆転され。
打者では森敬斗、タイラー・オースティン、ネフタリ・ソト、投手では今永昇太を欠いてスタートした「横浜反撃」とはなんだったのか。
パフォーマンスしてる場合か、と5か月後の高木豊みたいなことを言う元気もなかった。
髭は剃れず、もさもさのままだった。

その後、デスターシャはマリオカート仲間だという牧もやるようになり、徐々にファンに浸透していった。
夏の怒涛のハマスタ17連勝との相乗効果もあり、2022年のベイスターズ流行語大賞と言っていいと思う。
ただ、最初がそういうことがあったから、個人的には「デスターシャ」とはなんとなく距離があった。というのは本音ではない気がする。
たぶん、それだけが理由ではないと思う。
もっぱら、自意識の話である。

まず、こういったパフォーマンスによく取り沙汰される「相手へのリスペクトが無い」という主張は、その人の本音ではない気がする。
「相手へのリスペクトが無い」と人が言うとき、 おそらく本音は「相手(=応援している自分)へのリスペクトが無い」ではないかと思う。

ホームラン後のパフォーマンスには、応援に対する選手からの御礼であったり、ホームランに対するファンからの祝福であったり、それを共有する時間をしっかり取ることに意味がある。多分。
だから、打たれた側からすると、応援した選手(=自分)が打たれてしまった事実が引き延ばされているわけだから、それは辛い。

ホームランパフォーマンスが不愉快である前に、そもそもホームランが不愉快なのだ。
ホームランを打った側はパフォーマンスまで含めてホームランだが、ホームランを打たれた側はホームランを打たれてさらに追い打ちでパフォーマンスを喰らった気持ちになる(そういった意味では、矛先が相手のパフォーマンスに向いて、打たれた投手やリードした捕手に向かわなくなる効果は、あるのかもしれない)。
でも、だからといって「相手へのリスペクトが無い」わけではないだろうとは思う。

また、プロ野球OBの言う「負けている時のパフォーマンスの是非」については、実効性のある話になりにくい。
楽しく(見えるように)プレーすることと、思い詰めた(ように見える)態度でプレーすること、そのどちらがパフォーマンスにより良い影響を及ぼすか断定できないと思う(脳科学的にどうのこうの、と言うのはあるかもしれないがよくわからない)。

とすると、「楽しくプレーする方が良いパフォーマンスを出せる」 と思っている選手は楽しくプレーした方がいいだろうし 「表情を変えずにプレーする方がギリギリの勝負で勝てる」と思っている選手はそうした方がいいだろうと思う。
負ける=真剣さが足りない=パフォーマンスなんかするのは真剣さが足りない=負ける、という図式なのだろう。
OBの方々は、それはそれで成功体験があるのだろうし、それはそれで傾聴したい。

ただ、考えの前提が違っている可能性を考慮せずにパフォーマンスに対して「ふざけている」と指摘しても、感情論や世代論に回収されてしまい建設的な話にならない気がする。
あるいは負けている時は大人しくするべき、という考え方が根底にあるかもしれない。
負け=不愉快=負けている時のパフォーマンスも不愉快、という。
もしかしたら現役時代にずいぶん野次られたのかもしれない。
でも、その前提については、やはりすり合わせした方がいいのではないかなとは思う。

などと書き連ねているが、結局、一度もデスターシャが言えなかった。
白状すれば、おそらく相当程度、同じような気持ちを自分で内面化しているのだろう。
(ヤスアキジャンプは割とできる。あれは、結果が出る前だから。)
自動思考の枠組みから抜け出すのは、簡単なことではない。

その自動思考の枠組みを抜け出そうと思うきっかけをくれたのは、他ならぬパフォーマンスをしているこの選手だった。

大田泰示が一軍に復帰したときの球団公式ツイート。

「後ろの方」は、前日前々日と2試合7タコ4三振。チームは連敗中だった。
OBの方々からすれば、神妙な顔で特打ちに励むべき時間だったのかもしれない。
でも、この姿は、「気分よく生きるというのは気分ではなく意志によるものだ」というこを力強く伝えている。それが良いパフォーマンスに繋がる、という断固たる意志がある。
ダンコ牧秀悟。

佐野にしても「ピラミッドの頂点」ではなく「円の中心」になりたいと、新しいキャプテン像を模索するなかで、どうすればチームが勝てるのかを見つめていた。
そして、野球は気持ちでもやるものだと、そう考えている節がある。
ペンは水性だけど気持ちは油性。

不意に、小説家・批評家広津和郎の「それはどんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、行き通して行く精神」を思い出した。
その時、彼らは、勝つために勝っていても負けていても同じようにやり続けるのだと、思うことができた。
だから、その後の高木豊の一連の発言も、冷静に受け止めることができた。

悔しかったんですよね。
試合前に盛り上がったのに手酷く負けたり、試合中に先制したのに喜んで 逆転負けたりしたとき、過去の盛り上がったり喜んでた自分に恥ずかしくなって取り繕うように選手を批判したくなりますよね。

たぶん、同じようなことをしてきたと思う。
だから、気持ちがわかるような気がしたし、すこし吹っ切れることができた気がした。
結局、デスターシャは言わないまま、シーズンが終わったのだけど。

結局、言いたいのか言いたくないのか、どっちなのか。
(ここまでくると当然ながら「別にお前に言ってくれなんて頼んでないよ」という第三の男も脳内に登場しているが、メンタルの都合上、スタメンから外す。)

本当のところ、いまでも、ホームランだけで充分だとは思っている。
それで充分メッセージだとは思っている。
ベンチ前のパフォーマンスは野球選手じゃなくてもできるけれど、
ホームランを打つことは、野球選手にしかできない。
だからこそ、パフォーマンスにはスーパーマンである野球選手とファンを繋ぐ意味があるのだと言われれば、そうなのかもしれないけれど。

「デスターシャ!(ホームランを打ちましたよ、あなたの応援で)」。
いやいや、打ったのはあなたの技術と力ですよ。

「デスターシャ!(ホームランを打ちましたよ、あなたと一緒に)」。
ああ...でもしかし、それは...嬉しいかもなあ...。
でもやっぱり、俺はホームラン打ってねえもん。
頼んで打ってもらってるもの。
牧、頼むー。
誰かがどこかで書いていたように、ほんとうに何かを頼んでいるのだ。
割とこう、大事な何かを頼んでいるのだ。
そして、なんとびっくり、結構な確率で頼みを聞いてくれたりするのだ。

「デスターシャ!(ホームランを打ちましたよ、あなたに頼まれたので)」。
ありがとう。
そう、だから、ずっと御礼を言いたかったのだ。
声出しができるできないということとは別に、御礼を言いたかったのだ。
頼みを聞いてくれたことに。
自己肯定感は地面にめり込んでるのにプライドだけ肥大した承認欲求の奴隷が、自意識から抜け出そうとするきっかけをくれたことに。
「悲劇的な幸福」に一時は逃げ込んでもいいけれど、いつかは戻ってこなければいけないと教えてくれたことに。

なのに、結局、一度もデスターシャが言えなかった。
馬鹿か。
馬鹿のええかっこしいか。
完全には自意識から解放されていないということか。
まあ、長い付き合いだ、ゆっくり行こう。
今年は、言えるようになれるだろうか。

練習してみよう。


「                        !」。


やっぱり、ちょっと恥ずかしいです。

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