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今月もラボのコラム企画に参加です。
テーマは「恐怖」。

私が恐怖、というか「計り知れない」と感じるのはうちの長女さんです。

人間の成長が怖い

うちの長女さんは小学3年生。
親バカ目線ですが、勤勉で集中力が高くて、真面目。かつ結構我が強い。
学校の宿題は、ほぼ学童(小1ばかりで定員の2倍収容してるので勉強できる環境ではない)で終わらせてくる真面目さ。
習い事の習字では、自分の納得できる1枚ができるまで自主的に居残りする集中力。

娘ながら、1人の人間として尊敬しています。
まだまだ親には甘えてくる場面も多いですが、精神年齢が高い(そして思春期が怖い‥)。
親として導く立場にあるのは承知していますが、それ以上に常々彼女は自分とはまったく別の個体だと思うのです。

そして、こんな立派な人間が、自分のお腹の中にいたっていう事実に、たまに恐怖を感じます。
懐かしむ気持ちもあるのですが、それ以上に信じられない。

指先以下の細胞だったものが自分のお腹の中で胎児になって、数キロの赤ちゃんで産まれて。
自分では何もできなかったはずなのに、どんどん大きくなって、私より優れた部分を既にいくつも兼ね備えている…毎日成長を見守ってきていても、人智を超えた現象だと感じます。

たまに学校で数多くの子どもを見かけると、この激動の変化が子どもの数だけ起こっているのかと思って、ゾクリとすることがあります。
もちろん自分自身も、単細胞から成長していって母親になって、果てはこんなことを考えているわけで…。

な~んて思い始めると、1人の人間が感じ取れる範囲ってあまりにも狭くて恐怖を感じます。

世界は金魚鉢の中

自分1人の人間が感じれる範囲ってすごく狭いなとか、この感覚が人間の数だけあるのかな?とか。
そんなことばかり考えていると、だんだん哲学やSFになっていきます。

地球は宇宙人の実験場で、宇宙人のシミュレーション通りに人間は動いている
人間は暗い洞窟の中でどこかの誰かが見せている劇を見ているだけ
‥なんて中二病な想像したことありません?

プラトンのイデア論「洞窟の比喩」
“世界一やさしい哲学書”『ソフィーの世界』

子どもの頃「ソフィーの世界」を読んで、感銘を受けた記憶を今もまざまざと覚えています。

そんな「世界は金魚鉢の中」みたいな飛躍的な想像をしては、私は恐怖に震えています。
こういうの、幽霊とかより怖くありません?

現代は科学で説明がなされる場面が多いですが、それができなかった中世ではどうやって折り合いをつけて人間は生きていたのか不思議でなりません。
やはり宗教に頼っていたのかしら。


こんな妄想が尽きませんが、それでも生きていかなければならないし、もうすぐ子どもたちが起きてくるので朝食の準備をしなきゃいけない、日々を過ごしていけなければならない。
これが一番の恐怖かもしれません。

Discord名:あきこ
#Webライターラボ2408コラム企画

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