「オレオレ理論」について



前回は僕のかなり変な修行について書きました。自分でも書きながら、なんでこんなこと書いてるんやろ、と恥ずかしくなりました。


今回は、今まで書いてきたのを、僕なりにですが繋げて説明してみようと思います。そいで弟子の質問にも答えてみようかな。



前にも書きましたが、亀甲クラブでは、触り合いの稽古をしながら、「いかに相手に自分の情報を伝えないか」を習います。


これは、言い換えれば、人間の反射反応に対する強制的な書き換えなんです。

「自分」を消すという書き換えです。


普通は、人に掴まれたり、自分のテリトリーに入られるだけでも、人間というのは絶対に反応してしまうものです。大昔から遺伝子に組み込まれた生き物由来の生理的な反射なんです。だって、近くに異物が来た時に逃げたり追い払ったりしないと、自分が死ぬ、そういう学習を生きものは何万年もかけて学習してきたのですから。

触られたら必ず反応しちゃうんです。

ピクっと。

否が応でも感じちゃうんです。

で、まずはこれをなくしていこうと。厳密にいうと、邪魔な反応をなくしていく。余分に不必要な反応が出るのをやめましょうと教えられる。

これはロシア武術のシステマとかが特に有名なのですが、自分のからだに何か予想外のことが起きると「緊張する」「呼吸が乱れる」「姿勢が崩れる」「動きが固くなる」みたいな状態になります。防衛本能から、不必要なまでの過剰な反応が出てしまう。

それと重要なのが

「自分に攻撃してきているコイツを、どうにかしてやろう」と意識しちゃうんです。意識してないつもりでも。

すると「俺がコイツをこう動かしてやろう」とか思った時点で、気づかないうちに姿勢の乱れとか呼吸の乱れとか緊張が始まって、身体が持つ本来の強い力は出せなくなり、相手を動かすこともできなくなって、自分の動きが相手にバレて倒されてしまう。

自滅してるようなもんなんです。

いろんな場面でひっきりなしに沸いてくる「自分」という意識が、「オレオレ〜」と主張してきて、勝手に負け戦を始めるみたいな感じです。先ほどの「不必要なまでの過剰な反応」によって。


亀甲クラブのおじいちゃんは何度も何度も触ったり握ったり倒し倒されたりしながら、しつこいくらいにこのことについて教えてくれていたのです。


「相手を意識しない」


「自分がコイツをこうしよう、ああしてやろう、って思わない」


ひたすら、相手や自分の存在を消す作業を触り合いで教えられるのです。

ちなみに、これは争いとかの場面の話だけではないんです。

例えば

会社でイヤな上司に呼び止められた、とか

満員電車で隣のおじちゃんが体臭きつかった、とか、

コンビニで店員の態度が悪かった、とか

とにかく日常のあらゆる場面で私たちはさまざまな外部からの刺激を受けて、それに「むっ」などと反応してしまう生き物なんです。

「自分」というものを侵してくるものはどんなに些細なことでも、微妙に、または過剰に反応して「オレのテリトリーに入るなこのやろー」みたいな拒絶反応が自然と出ちゃう。しかも緊張とか硬直とか、あんまり良くない形で。


この、どうしても自分という存在が出しゃばってくる「オレオレ理論」については、前回書いた、綱渡りみたいなやつにも通じてきます。


宮本武蔵が書いてるんですが、


地面に足の幅くらいの一本の線があって、その上を歩いてみなさいと。


みなさん、多少はふらつきながらも、線からはみ出ずに歩けますよね。小学生とかでも体育の時間に平均台とか歩いたりします。


では次に、例えばお城の天守閣から向こうの天守閣まで伸びている、足の幅くらいの木の板がある、それを歩いてみてください。
と宮本武蔵は問うわけです。

どうでしょう。


これは常人では絶対に無理です。


なぜか


「この高さから落ちたら絶対に死ぬ」からです。

「俺は落ちたくない」

「俺は死にたくない」

「オレオレオレオレ〜!」のオンパレードです。

でも、地面の上の線を歩くのと、天守閣から伸びている板の上を歩くのと、「歩く」という点においては動作としては全く同じはずです。だけど「普通」のパフォーマンスが過剰な反応によって「出来なくなる」。

いつも出来ることが極端な状況だと出来なくなっちゃう。

それを

「天守閣だろうが怖がらず普通にしとけば歩けるはずじゃん」

「斬り合いの時だって緊張せず普通に刀振り回しとけば最強じゃん」

宮本武蔵はそれを唱えて実行していたのです。恐るべし。


これこそ究極の「オレオレ」を消した状態でしょう。「死ぬかもしれん、、」その状況で、何万年もDNAに培い続けた生命の防衛本能からくる反応を消し去るんですから。


で、亀甲クラブの先生の「相手を意識しない」「相手と争わない」の「相手」とは、最終的には「自分」になってくるわけです。


無駄に騒ぎ立てる「オレがオレが!オレオレオレオレ〜〜!!」をとことん無視していくのです。

この「オレオレ無視理論」については面白い話があるのでまた今度話そうかな。



で、先日ライブの時に、「いつもステージで緊張しちゃいます」みたいな相談を弟子がしてたので、うまく僕なりの解釈を書こうと思います。

まず、上に書いたように、ステージで緊張するもなにも、そもそも人間というのは、生きてるだけで緊張の連続なんです。いろんな刺激にさらされて、何をするにしても小さな緊張を積み重ねています。

でも、一度その、小さな緊張に気づくことができたら、そして緊張している自分を認識できるようになったら、「緊張」という現象を許せるようになります。


「あーまた緊張してきたやん」


それで良いんです。


ライブにおいては、緊張してカチカチになってる人でも、とんでもなくカッコいい動きをするもんです。変な動きでも、許される。緊張して間違えて変なコード押さえても、逆にハマってカッコよくなったりする。それが音楽です。

だけども、過剰に緊張するとやっぱりいい演奏に結びつかないことも多々ある。

そんな時は、「今緊張している自分は、至極まっとうな反応をしているだけなのだ」と、「オレがオレが!」とまた自分が騒ぎ立てているなぁ、と自分を外から見つめることが出来るようになったら、少しは緊張しなくなるんでないかな?


それと、、、


「緊張しない人」じゃなくて、おそらく「緊張に気づいてすぐに対処している人」なんだと思います。武蔵とかは。


常に身の危険にさらされる状況で、ピクっと自分が反応するたびに、とことん自分を消していく。過剰な反応や緊張を、そして「オレオレ〜」と出しゃばる自我を、ひたすら解きつづけていってたんだと思います。


そのためには、まずは緊張していいんです。

そして、自分の状態が過剰に反応してしまっている、緊張している、ということを自覚するところから始まり、ではどうやってそれらを無くしていくのか??という段階に今度は進んでいくのです。

何事もスモールステップです。

本日はここまで。

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