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【創作童話】わんこ

「ママー! わたし、わんちゃんがかいたい! かってもいい?」
通園バスからとびおりるなり、わたしがさけんだものだから、ママは目をまるくした。
「いきなりどうしちゃったのよ、まゆ」
「あのね、さきちゃんちに、こいぬがきたんだって。すっごくかわいくって、おりこうなんだって!」

ようちえんで、となりのせきのさきちゃんが、いぬの絵をかいていたのだ。ちゃいろくてかわいい、こいぬの絵。
「なまえはチャミっていうの。だっこすると、クンクンあまえるんだ。まいにち、いっしょにおさんぽしているのよ」
それを聞いて、わたしはうらやましくてたまらなくなった。

「ねえママ、いいでしょう? うちもかおうよ! ピンクのわんちゃんがいいなぁ」
それなのにママったら、
「ごめんね。うちのマンションは、ペットきんしだからかえないわ」
っていうの。わたしがどんなにおねがいしても、だめなものはだめなんだって。

かなしくなって、わたしはひとりで絵をかいた。
ピンクのわんちゃんと、お出かけにいく絵だ。
わんちゃんとわたしは、おそろいのネックレスと赤いリボンをつけて、うんとおしゃれをしている。
これからふたりで、海べのカフェにクリームソーダをのみにいくところだ。

「あら、すてきな絵。いいじゃない!」
ママはそういってくれたけれど、パパは、
「あれ? これ、どこかで見たことがあるぞ。ピンクいろで、ひもがついていて……。わかった、このまえ買ったそうじきににてるんだ! あはは!」
なんてわらうんだ。ひどいよね!

でも、わたしのかいたわんちゃんの絵は、ほんとうに新しいそうじきにちょっとにていた。それはパールピンクのかわいいそうじきで、でんき屋さんでママとわたしがひと目で気にいったのだ。
そうじきを持って歩いてみる。
わたしのあとをおいかけてくるそうじき。なんだか、こいぬみたい。

「あっ、いいこと考えたわ」
そう言うとママは、ビーズのネックレスとブレスレットをもってきた。そしてネックレスをわたしの首にかけ、ブレスレットはそうじきのホースに通す。
「ね? これでそうじきちゃんとまゆは、おそろいのネックレスをしているみたいでしょ。そうだ、ケーキに付いていたリボンもあったっけ」
ひきだしから赤いリボンをひっぱりだすと、ママはわたしのかみとそうじきのもち手のところに、それぞれむすんでくれた。

「うん、ふたりともすごくかわいくなったわ。しあげはフフフ、これでどう?」
さいごに、がようしにまるい目をかくと、切りぬいてそうじきのりょうがわにぺたんとはりつける。
「さあ、できた」

ピンクのそうじきは、黒いひとみでわたしを見上げている。
かわいい! それにとってもおしゃれ。
この子となら、いっしょにクリームソーダをのんでもいいかも。

「おっ。ほんとうに、まゆのかいたわんこに、そっくりになったな」
パパが言った。
「わんこ? それいいね! きめた、わたしこれからこのそうじきのこと、わんこってよぶよ!」

ようちえんから帰ると、わんこといっしょにおさんぽするのが楽しみになった。
おさんぽといったって、もちろん外を歩くわけじゃない。ひとへやずつ、おそうじをするだけ。
わんこにはセンサーがついていて、ゴミやほこりがあると、赤いランプをチカチカさせて教えてくれる。そしてきれいになるとこんどは青いランプがともるのだ。

赤いチカチカがつづくときは、「こっちこっち!」って、わんこがわたしをひっぱって走っているみたい。
青ランプのときは、「ここはもうあきたから、べつの場所にいきたいよ」って立ち止まっているのかな。
そんなふうにそうぞうしたら、わんこがもっとかわいく思えて、わたしはうれしくなった。

わたしたちは、毎日ていねいにおそうじをした。
和室は、たたみの目にそってゆっくりと。
洗面所はせまいから、うしろのかべにぶつからないよう気をつけて。
リビングは、テーブルのいすを出し入れするのがめんどうだけど、ねん入りにね。

でもいちばんすきなのは、なんといっても、ろうか。
げんかんからつづくろうかは、わたしとわんこのメインストリートだ。
わたしは歌いながら、わんこといっしょにろうかを行進した。それから、でたらめバレエのれんしゅうも。
わんこはわたしのあとを、ちょこちょこと元気いっぱいについてくる。
ほんもののこいぬみたいに。

そうじがおわると、コンセントをはずしてコードのまきとりボタンをおす。
すると、しゅるん! とすてきな音をたてて、すばやくコードがしまわれていく。
それを見るのが、わたしは大すきだった。
だって、わんこがしっぽをふってるみたいに見えるから。

「ふたりのおかげで、家中いつもピカピカね。どうもありがとう」
「サンキュー! 今日もおそうじおつかれさん!」
ママやパパにほめられるのもうれしいことだった。わたしたち、あそんでいるだけなのにね。

気がつくと、わんこが家にきてから数年がたっていた。小学生になった今でも、わたしはわんことなかよしだ。
だいじなかみどめをなくして、しょんぼりしていた日。わんこは赤いランプをいつもより点とうさせて、かみどめの場所までみちびいてくれた。
「そんなのぐうぜんにきまってるよ」ってパパはいうけれど、ううん、あれは「こっちだよ」って教えてくれたんだと思う。

プリントがなくなったときは、つくえのうらからすいだしてくれたし、ちょうどにじがかかったタイミングで、まどの下までつれてきて見せてくれたこともある。
パールピンクは色あせてちょっぴりくすんできたけれど、わんこはあいかわらずかわいくて、わたしはずっとわんこが大すきだった。

けれどだんだん、わんこは元気がなくなってきた。
すいこむ力が弱くなり、ろうかのとちゅうで止まってしまうことがふえたのだ。
「そろそろ買いかえどきかもしれないな。次はコードレスか、ロボット式にするか」
「パパやめて! わたし、わんことおわかれなんて、ぜったいぜったいいやだからね! 修理して、ずうっといっしょにいるんだ」

「それがね、まゆ」
ママがいいにくそうに口をはさんだ。
「わんこは古い型だから、もう製造していないんですって。だから、修理しようにも部品がないのよ」
そんな。だって、わんこはわたしのこいぬで、友だちで。
わたしたちは、いつまでもいっしょだと思っていたのに。

そしてある日、とうとうわんこは動かなくなった。
コンセントもスイッチも入れたのに、うんともすんともいわないのだ。
「わんこ、今までよくがんばったな」
「ありがとうね、わんこ」
「パパもママも、どうしてそんなこというの? わんこは少し休んだら、また元気になるんだから。ね、そうでしょわんこ?」

わたしは、わんこのパールピンクの体をだきしめて、ぺちぺちたたいたり、なでたりした。
すると、チカチカとランプが点めつをはじめたのだ。
「ほら見て! この通り、わんこは元気よ」
けれど、わんこはランプを黄色く光らせるばかりで、一向に動く気配がない。

あれ? 黄色いランプ?
そのときわたしは気づいたのだ。点めつしているのは赤でも青でもなく、見たことのない黄色のランプだと。
いよいよわんこは、こわれてしまったんだ。
そう思うと、しんぞうがぎゅっとなる。おわかれなんて、いやだよわんこ。

「あれ? まてよ。この光、なんだかモールス信ごうみたいだな」
パパがいった。
「え、モールス信ごうってなに?」
「音や光で行う信ごうのことだよ。パパはこう見えて、アマチュア無線の資格をもっているんだぜ」

「パパ、わんこのいってることわかるの? 教えて、なんていってるの?」
「ええとだな、ア・リ……ガ・トウ?」
「ありがとう? わんこ、ありがとうっていってるの?」
「そんな、ばかな。でも、たしかにアリガトウ、って読めるぞ」
「わんこ、わんこ。わたしこそありがとう。楽しかったよ!」

だめだ、いかないで。
いっしょうけんめいにわんこの体をさするけれど、黄色い光はだんだん弱々しくなっていく。

「サ ヨ ナ ラ」
さいごにそういうと、わんこはもう、ほんとうに動かなくなった。

コンセントをぬいたら、まだボタンをおしてもいないのに、コードがひとりでにしゅるん! とまきとられていった。

わんこが、しっぽをふったみたいに見えた。

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