はじめに

 「介護と服」を一番最初に意識したのは、叔母の普段着でした。彼女には彼女らしいこだわりがあり、1日に何度も着替えをするのですが、ときどき、服が裏返しになっていることがあります。一緒に時間を過ごすうちにわかるのですが、「間違えて」裏返しに着ているのではなく、「意図があって」裏返しに着ています。彼女の世界では「裏も素敵」で「裏を着たい気分」の時があるのです。よく考えてみれば「裏で着るのは変」と受け止めるのは私の世界だけです。
 私の母は洋裁が得意だったので、そんな叔母のために、表と裏の柄が違う(ここを同じにしては叔母の喜びがありません)、リバーシブルのスカートをせっせと作りました。どちらを表に着ても、洗濯タグや縫い代がでてこないので、「私の世界の住人」にも全く違和感はありません。
 こうやって、対立していた彼女の世界と私の世界の境界がなくなり、ひとつに融合していくのは、心がほっとゆるむ幸せな感覚でした。それは介護という、自分とは違うひとの生活に関わることの魅力のひとつではないでしょうか。

 今回のテーマに選んだ「みんなにやさしい介護服」の著者である岩波君代さんに初めてお会いしたのは、10年ほど前のことでした。当時、福祉機器メーカーに勤めていた私は、自社製品を使う場面で課題となっていた「衣類」に特別な工夫をして商品化できないか模索していました。その仕様について助言をいただくために、「衣服と障がい」の第一人者だった岩波さんにご相談をしたのでした。
 その際「たとえ特別な工夫がある衣類だとしても、本人の望むデザインや柄が選べることがとても大切なこと」と教えていただきました。それは強く印象に残り、しかし、当時の自分の力では実現することができず、ずっと心にひっかかっていました。

 パターンメーキングを習い始めて5年が経ったこの春、当時購入した「みんなにやさしい介護服」に改めて目を通してみました。そこにはたくさんの「簡単にできるリフォーム」が載っていましたが、それらはパターン技術をたくさんの困りごとを解決するために活用してきた蓄積であり、まさに「暮らしに活用したパターン技術の集大成」であるように感じられました。ここには大事な何かがある、実際にやってみることで自分が身につけた技術をもっと深く理解することができる、と強く感じました。
 そんなわけで、「ひとり卒業制作」のテーマのひとつに選びました。これからひと月に1作品のペースで、学んだことを綴っていこうと思います。
 
 なお、「みんなにやさしい介護服(岩波君代 著、文化出版局 編)」は残念ながら絶版となっており、一般書店や文化出版局では手に入りません。もし入手を希望される方がいらっしゃいましたら、こちらにご連絡ください。著者の岩波君代さんにおつなぎします。在庫には限りがあることをあらかじめご承知おきください。
 また、このマガジン作成にあたり、岩波君代さんにお許しをいただきました。しかしながらご紹介した内容や私の見解に間違いや不足がありましたら、それは全て私の力不足によるものです。お気付きのことはご指摘いただければ幸いです。