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僕がそんなにモテるわけ 第2話


昼休みは僕には使命があった
そう、アイドルへの課金だ
なのに今目の前で起きているこの現象はなんだ?

保乃:本当に佐藤さんのおかげで!もうここ最近ずっと悩んでたんです!


〇〇:そ、そうなんですね…

おいおい、広報部の田村がイケメンと話してるぞ?
そもそもあんなやつうちにいたか?

〇〇:あのー…田村さん?


保乃:ほにょ?


〇〇:勢いよく喋られると…なんと言いますか…視線が厳しいと言いますか…


保乃:そんなこと気にしないで下さい!それよりも…

彼女…田村保乃さんはうちの広報部のマドンナだった、噂では聞いていたがそもそも昨日までの僕には手が届くような人では無かったのだから彼女の容姿やそういう話に興味は無かった
今日の自分の行動を思い返してみても人生というのはあまりにも突然変わるものだ
視線の先にいる彼女は、今まで画面の中でしか見られなかったアイドルと同じくらい、いや、それ以上に顔立ちが整っている
高まる気持ちがありながらも冷静に、というよりも何が起きてるのかわからずに経験の少ない33才の頭の中は必死にこの状況を理解しようとしていた

保乃:…さん?佐藤さん?


〇〇:え?


保乃:もう!聞いてました!?


〇〇:あーごめんなさい…聞いてなかった…


保乃:遠いところ見てるから絶対聞いてないと思った!次からは聞いてくださいね!?


〇〇:は、はい…すみません!


保乃:なんか佐藤さんだと普通すぎるな〜下の名前なんて言うんですか?


〇〇:え?〇〇ですけど…


保乃:じゃあ〇〇さんって呼びます!私のことも田村だと普通なので保乃って呼んでくださいね!


〇〇:え!?無理無理!!呼び捨ては!


保乃:いいから!〇〇さん!


〇〇:ほ、ほにょ…ほ、保乃…さん…


保乃:ん??


〇〇:呼び捨て無理だからさん付けで…


保乃:んー納得いかないけども…まぁいいです!


〇〇:納得って…


保乃:それじゃあお昼休憩終わっちゃうのでまた!午後も頑張ってください〇〇さん!じゃあまた!


〇〇:ま、また…ふぅ…


幸也:おいおいおいおい、どうなってんの?


〇〇:え?あ、幸也


幸也:広報部のマドンナがお前に何の用?


〇〇:い、色々あって…


幸也:あの子今まで男と仕事以外の場面で話してるところ見たことないぞ?


〇〇:え?そうなの?


幸也:つーかお前どうした!?そのイケメン具合は!?どういう風の吹き回しだ!?


〇〇:そ、そんなに違う?


幸也:マドンナに言い寄られるくらいには見た目が違うぞ?自分で鏡見てないのか?


〇〇:いやぁそんなには…


幸也:お前のその様変わりで周り見てみろよ笑


〇〇:…視線が厳しい


幸也:お前が昼休みにマドンナと話してるということにヤキモチ妬いてんのかもな笑


〇〇:ははは…


幸也:んでさぁ…そんな君にいい話があるんだが?


〇〇:な、なに?


幸也:今週の金曜日お前暇なんだから2対2の食事会な?笑


〇〇:暇って決めつけないで…


幸也:悪い悪い笑でも空いてるだろ?


〇〇:…はい


幸也:じゃあ決まりな!あとで連絡するわ!相手は映像制作会社の関係者な?よろしく!

相変わらず嵐のように去るのだがこのさっぱりさが彼の良いところで、営業でもトップの数字を叩き出すほどの人望も彼の人間性からなるものだ
だが、そんなことよりも僕は今週の金曜に向けて女性との食事会への対策を立てねばならず午後は仕事と並行しながらネット弁慶ではありえない「食事会 女性との話題」と、あまりにも下手くそな検索をかけるほどには自分がこの手のことへの経験が無いことを嫌というほど思い知らされる

マネ:おーい!佐藤!先方に頼まれていたCMとコラボのファイルはどこに…


〇〇:マネージャーの個人メールに送りました!URLとPDF貼り付けてあるんで確認お願いします!


マネ:お、おう…で、出来てたらいいんだ…

今の僕にとって大事なのは今週の金曜日を乗り切るための対策と予習をすることだった
マネージャーの小言に付き合う余裕などは無かった
なんだかんだで金曜日に向けて仕事を残すわけにはいかず月曜日にやれることはやっておくことにした
普段ならマネージャーよりも早く帰るとこれもうるさいので期限が長いものはある程度残しておくのだが急なトラブルにも対応するためには余裕を残しておこう、そう考えていた時に…

保乃:お疲れ様でーす♪

はい、トラブル発生

保乃:お疲れ様です〇〇さん!


社員:え!?


〇〇:お、お疲れ様です…たむ…

ピトッ

保乃:苗字呼びはダメですよ?

僕の唇に人差し指を付けた瞬間に響き渡る悲鳴と怒号にも近い声
まさにこれをバグと言わずになんという…
天然でやってるのか?計算なのか?あまりにもわからなさすぎてサーバーダウンしそうだった
しかしなんとかあの世の果てを一瞬見た男は泥臭く復活した

〇〇:ほ、保乃さん…


保乃:ふふふ♡


〇〇:どうしたんですか?広報部は忙しいはずじゃ…


保乃:大丈夫です!今日は一緒に帰りたくて!

僕への怒りと憎しみがエゲツない量の発汗で感じることが出来る

〇〇:僕は少し仕事が…


保乃:マネージャーもう〇〇さん仕事終わりますか?


マネ:はい!むしろもう終わっております!

普段以上の恨みを覚える

保乃:じゃあ片付けて帰りましょ?帰りにご飯も行きましょ!


〇〇:え"!?ご飯も!?


保乃:最近良いところ見つけたので!いきましょう♪


彼女のまっすぐで暖かい眼差しと裏腹の部署内全員から浴びる無言の圧は僕は一生忘れないだろう


保乃:まさか同じ会社とは思いませんでした!


〇〇:広報部とシステムじゃ絶対仕事しないですもんね…


保乃:そんなこと無いですよ?クライアントへの説明とか要望を聞くならその場に開発担当いたりした方がすぐに回答出来て安心したりするので、それと私が疎くて…笑なのでたまにマネージャーとかについて来てもらってます


〇〇:そうなんですか?

あのマネージャーはそういうところの抜け出し方がズルい


保乃:本当はそういうこと勉強した方がいいんでしょうけど笑でもこれからは〇〇さんに聞けばいいんですね!


〇〇:ははは…


保乃:これからよろしくお願いします!

全くと言っていいほど嫌味もなくただ純粋に思いを話す
多分この子は僕のことを本当に恩人と思ってるのだろう

保乃:着きました!


〇〇:ん?え?定食屋?


保乃:だめですか?


〇〇:いや…田村さんのことだから…


保乃:保乃です


〇〇:ほ…保乃さんみたいな人だからなんかオシャレというかもっと…


保乃:ここの焼肉定食がすっごく美味しいんです!だから行きましょう!

彼女には合わないというよりも想像すること自体が難しい、街の昔ながらの定食屋で彼女は手慣れた様子で入っていく

保乃:こんばんは!


女将:あら保乃ちゃん!仕事終わりかい?


店主:なに!?保乃だと!?


保乃:お父さんお母さん!紹介するね!会社の先輩の佐藤〇〇さん!


〇〇:は、初めまして、佐藤〇〇です


店主:…ふん!


〇〇:え?


女将:あらあら笑ヤキモチ妬いたのよ笑うちの旦那保乃ちゃんにメロメロだから笑


〇〇:あ、なるほど…


保乃:お父さんいつもののど飴買ってきたから置いておくね!


店主:おう!ありがとな!

まさに街に愛されてきた店の店主と女将さんだ
そこで普通に会話する彼女はいったいどんな育ち方をしてこんな人になったんだ

保乃:こっち座りましょ〜


〇〇:あ、はい


保乃:大学行ってた時ここの近くに住んでたのでその時に学生でお金無かったのでよくここに来て2人のお話聞いて皿洗いする代わりにご飯食べさせてもらってたんです笑


〇〇:え?そんなことしてたの?


女将:あの時はバレー部に居たから毎日お腹空かせてたね〜はい、お冷


〇〇:バレー部だったんだ…


保乃:はい!やっぱりそんなふうに見えないですよね?笑


〇〇:なんかお淑やかな部活やってるのかと…笑


保乃:偏見ですよ笑みんな私のイメージだけで決めつけて本質なんてあとで良いって思う人が多いから…あ!そんなことよりも焼肉定食でいいですか?あと焼きそばも食べましょう!


〇〇:え?あ、うん!

彼女は僕の過去を知らない
でも彼女の過去も僕は知らない
それでも今あるこの空間が楽しかった
彼女が言った本質の部分はあとでも良いって思うのは僕だって今のこの時間を過ごしているだけでも同じなのでは?
ただ純粋に何気ない普通の会話が楽しかった

保乃:〇〇さんはなんでうちの会社に入ったんですか?


〇〇:えー…なんでだろう…忘れちゃったな笑


保乃:私もなんとなくなので忘れちゃいましたけど笑


〇〇:ダメじゃん笑


保乃:えへへ笑でもよかった〇〇さんみたいな人が会社にいて


〇〇:え?


保乃:会社の人とあまり接点持ちたくないなって…仕事では問題ないようにしますけど


〇〇:僕もそんな感じです…ただ…仕事でも問題ある方になってしまってるけど…


保乃:休みの日は家にこもってたいんですよ笑


〇〇:わかる…自分の世界観で生きてたい…


保乃:本読んだり映画見たりしたいし…それなのに会社の人から誘い受けるし…大学の友達とはたまに会いますけどね


〇〇:さ、誘われてるの??


保乃:そんな気にしないでください笑たまたまです!たまたま!

そのたまたまが僕には今日の視線ではなく死線に感じたのはおそらくそうなのだろう
彼女がモテる理由は裏表のない性格でありながら自分らしさを持っているその憧れのような部分もあるからではないだろうか?

保乃:んーお腹いっぱい!幸せ♪


〇〇:美味しかったなー今度1人で来ようかな〜


保乃:あー!〇〇さん1人はダメですよ?ここ来る時は私と一緒です!


〇〇:え!?一緒!?


保乃:ダメ…ですか?

アイドルにやられる画面越しの上目遣いよりも遥かに生の方がいい…いや、いいどころじゃない…倒れる
なんとか頭の上の天使を払い除けた

〇〇:そ、そうだね!保乃さんと一緒じゃないとおかしいもんね!


保乃:そんなに慌てなくてもいいですよ笑


〇〇:じゃあまた今度も保乃さんと来たいです

あれ?なんだ今のセリフは?
頭で考えたことではないぞ?

保乃:…はい!

一瞬の間があった…これは否定的なはいなのか?
居た堪れなくなり

〇〇:じ、じゃあお会計して帰ろうか!俺払うから!


保乃:それはダメです!今日も迷惑かけたし誘ったの私なので!


〇〇:いやいや!一応歳は上だし…


保乃:じゃあ…連絡先教えてくれませんか?


〇〇:え?


保乃:じゃないと帰りません

その微笑みはズルすぎる

〇〇:わ、わかった…教えるから…お代は僕が払うね…


保乃:それもダメです、それはお礼、今はおねだりです

もはや僕に彼女のこの表情から出る全てのなにかから返す手段は見つからなかった

〇〇:わ、わかった…なんか…ごめんね…


保乃:私がお礼言わなきゃいけないので気にしないでくださいね?ごちそうさまでした!お父さんお母さんまたね!


女将:また来るんだよ〜


店主:保乃、1人でも来いよ?


保乃:ありがとう!ごちそうさま!


〇〇:ごちそうさまでした!

帰ろうとすると店主からボソリと言われた

店主:保乃泣かすなよ?


〇〇:は、はい…

これほど怖い声を人生で聞いたことはなかった

保乃:お口に合いました?


〇〇:うん、むしろこういうお店の方が緊張しなくて助かるよ笑

いや、彼女といるだけで緊張する

保乃:よかった〜約束ですよ?今度も一緒ですからね?


〇〇:う、うん…じ、じゃあ俺こっちだから…

帰ろうとすると朝と同じように袖を握られた

保乃:…朝のことあったので、今日は送ってもらえませんか?


〇〇:え、え!?


保乃:ダメ…ですか?

よくよく考えたらそうだ、今この状況はそもそも朝の件があったからだ

〇〇:そ、そうだね、じゃあ送るよ


保乃:ありがとうございます!

ーーー

ガチャッ
〇〇:ふぅ…ふふふ…


ガルフ:ずいぶんご機嫌な帰宅だな笑


〇〇:うお!なんだ…居たんですか…


ガルフ:俺はこういう存在だぞ?なんならお前がバスに乗ってから今日までのことを全て知っている


〇〇:え!?全部!?


ガルフ:しかしまぁこの前まで死にかけてた奴がいきなりあんな美女に出会うとはな笑


〇〇:モテ期だからですよね…


ガルフ:心配するな笑まだまだあと3人お前の前に現れるぞ?


〇〇:え!?あと3人も同じような子がいるんですか!?


ガルフ:本当は何人でもできるんだがお前には4人でちょうどいいかと思ってな笑


〇〇:1人でも手一杯です…


ガルフ:ガハハ笑そう言わずこのモテ期を楽しめ笑あ、そうだ、これから女性に使う金はあそこから出せ


〇〇:え?いいんですか?


ガルフ:あくまでも女性といる時は使っていいということだ。またお前が使うと今度はそうだな…口からうんこでも出せるように…


〇〇:神に誓います!


ガルフ:俺が神だ!

彼女に連絡先を教えてから3日経ったがほぼ毎日連絡が来る
もちろん会社内では会うことは無いが出勤する時のバスが一緒になった。痴漢の件があったからだが、この前送った時に知ったこと、バス停が1つしか変わらなかった。
なので彼女はわざわざ僕の乗るバス停まで来たのだ
読んだ小説の話、犬が飼いたいこと、バレー部時代髪が短すぎたことなどいろんなことを話したりして彼女を知るのが楽しくなっていた

ポンポン…

〇〇:ん?


幸也:調子はどうだ?社内の嫌われ者くん笑


〇〇:き、嫌われ者????


幸也:お前が田村保乃と仲良く出勤してるのを見てる奴らが死ぬほどいるってことを忘れるなよ?笑


〇〇:……


幸也:それよりも今日忘れてないよな?


〇〇:うん…


幸也:相手は映像制作会社の営業とディレクターだから頼むぜ?


〇〇:頼むって言われても…


幸也:商談がてらの食事会だからよろしく!

そんなのを頼むお前は最悪だと思いながらもとりあえずこの面倒見のいいやつの言うことは聞いておこうと思った

仕事も終わり約束された場所に行くと昨日の食堂とは打って変わってイケメン営業マンが好みそうなカジュアルな居酒屋だった。予約の名前で入ると半個室のテーブルにいた

幸也:おう、遅かったな


〇〇:ごめん、少しやり残してたのがあったから


幸也:すみません遅れて


女性:大丈夫ですよ、うちのディレクターも案件抱えてて毎日締め切りに追われて遅れるのが普通ですから笑

幸也のトーク力はさすがだった
これが我が社の営業トップを叩きだす能力だと思い知らされた
人を見て周りを巻き込み相手に満足する時間を与えていく、僕には無い能力だった

幸也:そういえば〇〇も今はシステム部門とはいえ大学の頃映像制作してたんだろ?


〇〇:え?ま、まぁ…


女性:そうなんですか!?


〇〇:はい、実は…

ドターン!
痛ーい!

女性:こら!里奈!こんなところで大きな声と恥ずかしいことしないの!しかもどうしたのそのTシャツとズボンは!いつも通りすぎるじゃない!

し、しょうがないもん!編集思ったより長くなっちゃっただもん!

幸也:ん?どちら様で?


女性:すみませんお騒がせして…こちらがお待たせしました…ディレクターの松田です…


里奈:初めまして!松田里奈と言います!よろしくお願いします!テヘッ♡

僕の携帯の画面には田村保乃から届いたメッセージを知らせる通知があった
しかし、この目の前にいる松田という女性は、また未知の世界から送り込まれた人なのだろうか

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