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なべて世はこともなし

これはだいぶ前の話です。

家族と、日南に海釣りに行った時のことです。

夕方、潮の引いた頃に釣り場近くの駐車場に着きました。車を降りて釣り道具などを入れたリュックを背負い、釣り場に向かいました。釣り場といっても岩がゴツゴツした磯で、足を一歩踏み外せば転落してしまいそうな場所でした。私は冷や冷やしながら家族の後をついて磯を渡りました。

ようやくお目当ての場所に着くと、仕掛けを作ったり、携行したビスケットを食べたりしながら日が落ちるのを待ちました。

海面は穏やかでしたが、時折大きな波が打ち寄せていました。波しぶきをかぶってはいけないと思い、私は釣り人を見守れて、かつ比較的平らな岩の上に座りました。海と青と空の青の境界線があいまいで、天地の境が無くなったような景色でした。

やがて日が暮れると、海も空も次第に暗くなってきました。私は寝転んで持ってきたラジオをつけ、プロ野球中継を聞くことにしました。ぼんやり空を眺めていると、星がはっきり見えるようになりました。

「あと1時間くらいで終わるつもりだ」と声を掛けられました。「わかった。ここからだと星がとても綺麗に見えるよ」と私は答えました。「この辺は地上に光がないからはっきり見えるのだ」と教えられました。

野球の試合は佳境に入り、1点を争うようなゲーム展開になりました。1点を追うチームの攻撃で、バッターボックスには、前の打席でチャンスに打てなかった小笠原が入りました。小笠原は、その打席でソロホームランを打ちました。アナウンサーは興奮して、「小笠原打った~~!!」と叫び、解説のカケフさんも「打った瞬間分かりましたね!」と叫んでいました。アナウンサーはさらに、「小笠原、ニコリともせずにホームイン!チームメイトとハイタッチしています!渋いですね」と叫びました。カケフさんは、「かっこい~!僕が女子なら惚れてますね!」と言いました。アナウンサーは「お~っと、カケフさんが乙女になっている~!!」とまぜっかえしました。観客の歓声の後ろに波の音が聞こえました。

野球の試合は途中でしたが、釣りは終わりになり、釣った魚を大事にクーラーボックスに入れて、帰ることにしました。帰り道は真っ暗で、磯を渡るときに危険を感じましたが、無事家に帰りつけました。魚は翌日みんなで食べました。

釣りには何度も行きましたが、この時の、空と海がつながった景色と、乙女になったカケフさんのことは今でもはっきり覚えています。


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