スペイン語こばなし(6): 虎のしっぽと鼠のあたま

«Cola de león» y «cabeza de ratón»



今日は、ウェブニュースサイトの Público から。かつて Podemos (スペインの左派政党) の一員だった筆者による、現在の Podemos の変容ぶりを嘆くコラムからの一節。

No es momento de pensar que es mejor ser cola de león y esperar tiempos mejores. Hay cosas que no se pueden justificar. Lo que toca es levantarse, mirar alrededor y reconocer a la gente que piensa lo mismo.

«訳»
今は、虎のしっぽとなる方が良いと考え、より良い機会を待つ時ではない。正当化し得ないことも存在するのだ。今すべきなのは、立ち上がり、周りを見渡し、同じ信念を抱く人々を見つけ出すことである。 [1]

ここで気になるのは、「虎のしっぽとなる」という表現。もちろん、本当に (人間から) 虎に化けるべきだという意味でないことは明らかだが、軽く西和辞典を引いてみても、特に "cola de león" という熟語は見当たらない[注a]。


それもそのはず。実はこの「熟語」は、「虎の尾となるより鼠の頭となれ」ということわざに由来しているのだ。Instituto Cervantes (スペインの国営言語機関) が提供する refranero (ことわざ集) には、次のような説明がある。

Más vale ser cabeza de ratón que cola de león
[…]
  Significado : Es preferible ser el primero y mandar en una comunidad, aunque sea pequeña, que ser el último en otra mayor.

«訳»
虎の尾となるより鼠の頭となれ」
  意味 : 大きな共同体の平凡な一員となるよりは、たとえ小さな共同体であっても、そのリーダーとなって指揮をとる方が好ましい。 [2]

つまり、前述のコラムで言う「虎のしっぽ」とは、「大きな政治団体に所属する権力を持たない人々」のことだ。筆者は、そのような状況に陥る現状を批判し、たとえ少人数であっても、自らが声をあげ続けられるグループを率いるべきと主張しているのである。

事実、引用した部分の後には、「自らの主張を曲げてはならない」「これからも変革は必要なのだ」という文章が続く。この主張は、市民団体から成長してきた Podemos という政党の歴史にも重なるものであろう。


ところで、察しの良い方は既にお気付きの通り、似たことわざは日本にも存在する。岩波国語辞典では、

けいこう【鶏口】『ーとなるとも牛後となるなかれ』 大きな団体でしりに付いているよりも、小さな団体でも、その長となれ。 [3]

との説明がある。この言葉は、古代中国の書物『戦国策』に由来する (原語では「寧為鶏口無為牛後」) ものだ [4]。

この故事では、虎・鼠の代わりに牛・鶏が使われているが、スペイン語では "(le-)ón" と "(ra-)tón" が、中国語では「口」と「後」が、(完全な韻とは言えないまでも) 似た音の繰り返しになっている。


さらに面白いことに、スペインと中国(や日本)で用いられる動物が異なるように、実はスペインの中にも、違う動物を用いる地域が存在する。

スペインの東海岸地域 (カタルーニャ・バレンシア・バレアレス諸島) では、スペイン語 (カスティーリャ語) に加えてカタルーニャ語が話されているが、このカタルーニャ語には次のようなことわざがある。

1  CAP m.
[…]
  REFR. - […] f) «Més val ser cap d’arengada, que coa de pagell» [注b] (or., occ., bal.)

«訳»
1  頭 (男)
  ことわざ. - f)「タイの尾となるよりニシンの頭となれ」(東部・西部・バレアレス方言) [5]

ここで言う「タイ」と「ニシン」は、厳密にはニシキダイとタイセイヨウニシンのこと。体長はどちらも同じ程度だが、細いニシンの方は大きくても1kg程度なのに対し、タイの方は3kgを超す個体も報告されているらしい[6][7]。

従って、虎と鼠・牛と鶏の場合と意味は全く同じなのだが、タイ・ニシンという魚が用いられているという点は、地中海に面する地域の特徴を体現しているようで面白い。ことわざ1つにも文化の独自性が映し出されるのである。


さて、スペイン・バージョンの「鶏口牛後」には "ratón" (鼠) が登場したが、この鼠という動物が使われることわざは他にもある。例えば、冒頭で引用した Instituto Cervantes の refranero には、

Ratón que no sabe más que un horado, presto es cazado
[…]
  Significado : Resulta difícil huir de un peligro si se dispone de muy pocos recursos para ello […]. Por eso, se recomienda tener más de una vía de escape por si falla la que se tiene.

«訳»
1つの穴しか知らない鼠はすぐに狩られる
  意味 : ある危険から逃れるための手段として、いくつかの選択肢を持ち合わせていなければ、その危険から逃れるのは困難になる。そのため、準備していた手段が万が一使えなかった場合に備え、逃げ道は複数確保しておくのが良い。 [8]

ということわざも収録されている。

これにピタリと対応する日本語のことわざ・慣用句は無いかもしれないが、「念には念を」といったあたりだろう。とにかく、1つあるからといって安心せず、準備を怠るな、という教訓である。


このことは、語学の勉強にも当てはまるように思える。単語をただ1対1で暗記するのではなく、複数の言い方を覚えてみる。必要最低限の範囲で満足するのではなく、もう一歩進んで取り組んでみる。こうして蓄えておいた知識が、突然の場面で「逃げ道」として役立つこともあるだろう。

そのように考えれば、人生で一度くらい役に立つ日が来ると信じて、「鶏口牛後」に加えて「鼠頭虎尾」や「鰊頭鯛尾」を知っておくことも、全くの無駄ではないのかもしれない。



参考文献
※ウェブ文献の閲覧は全て2020年6月26日。引用部中の強調・改行は一部改変。付した訳は拙訳。

[1] Contreras Corrochano, Alba. & Pino Gonzalo, David. 2020, 1 June. “Por qué Podemos ya no me ilusiona”. Público〔リンク〕.
[2] Más vale ser cabeza de ratón que cola de león. n.d. In Refranero multilingüe (Online). Centro Virtual Cervantes〔リンク〕.
[3] 鶏口. 1986. In 岩波国語辞典 (4 ed.). 岩波書店.
[4] 鶏. 2010. In 全訳漢字海 (2 ed.). 三省堂.
[5] Cap. 1962. In Diccionari català-valencià-balear (Online). Institut d’Estudis Catalans〔リンク〕.
[6] Froese, R. & Pauly, D. (Eds.). 2019. Pagellus erythrinus. In FishBase (Online: 12/2019 ver.). FishBase Team〔リンク〕.
[7] Ibid. Clupea harengus.〔リンク〕.
[8] Ratón que no sabe más que un horado, presto es cazado. n.d. In Refranero multilingüe (Online). Centro Virtual Cervantes〔リンク〕.


[a] 小学館『西和中辞典』(2007: 電子辞書)、白水社『西和辞典』(1979[88]) では、cola león のいずれを引いても、特に該当する情報は見当たらない。一方、白水社『現代スペイン語辞典』(1999: 電子辞書) では、ことわざ自体は león の例文として載っている。
[b] 現代のカタルーニャ語では、coa でなく cua とするのが標準。


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