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未公開こぶ取り引き(3)

◆リスク転嫁は素人に◆

 金貨を他の村人に見られないように持って帰った右こぶ爺さんは、隣に住んでいる左こぶ爺さんが帰って来たのを見計らって、左こぶ爺さんに聞こえるような大きな声で

「ウーン痛い痛い」

「明日も行けば儲かるものを・・・」

などと言いながら、もらった金貨をわざと「チャリーン」と落としたりしました。

 何ごとかと右こぶ爺さんのうちを覗き込んだ左こぶ爺さんを見つけると、右こぶ爺さんは、困った振りをして話し始めました。

「おお、左こぶ爺さん、いいところに来なさった。まあ、話を聞いておくれ」

と右こぶ爺さんは、赤鬼にダンスを気に入られて金貨をもらったこと、明日もダンスを見せろと言われていることなどを話しました。そして

「なにしろ、赤鬼さんは親切で、わしが頬のこぶを気にしてなでておったら、ゴリッと取って下さったんじゃ。ほれ、この通りほっぺたがツルツルになったわい。明日もダンスを披露して金貨をたんまり貰いたいところなのじゃが、足をくじいて、とても山の上まで登れそうもないわい。どうしたものかと悩んでおるところなんじゃ。おどりさえ見せれば、確実に金貨をたんまりもらえるんじゃがなあ・・・」

と、左こぶ爺さんを誘い込むように話を続けました。当然ながら、次に赤鬼に会ったら、こぶを返してもらう約束があることは、おくびにも出しません。

 金貨が貰えると聞いて、欲張りの左こぶ爺さんはもう、通常の判断力を失ってしまいました。

「とにかく踊りさえ見せれば、金貨が貰えるんじゃな。」

と尋ねる左こぶ爺さんに、右こぶ爺さんは、元気よく

「もちろんじゃよ。」

と答えました。そして左こぶ爺さんに聞こえないような小さな声で

「赤鬼が気に入れば、ね」

と付け足しました。

 リスクの説明は省略し、最低限伝える義務のある事項は小さい文字で書類の裏にゴチャっと記載し、成功した場合のメリットばかりを大げさに並べ立てるのは、いつの時代にもいかがわしい金融商品の営業や儲け話につきもののテクニックです。

 そして、最後の一押しで、こう言いました。

「左こぶ爺さんや、わしのかわりに踊ってきてくれんかのう。貰った金貨は、お前さんとわしで山分けでいいから」

これを聞いた左こぶ爺さんは、急に神妙な顔をして言いました。

「いやいや、わしはダンスが苦手じゃから、赤鬼の期待に沿えんわい。右こぶ爺さんが足を挫いて山に登れんのなら、だれも金貨を貰えんちゅうことになるわな。まあ、右こぶ爺さんは、しばらくゆっくりと寝て、足を治すことじゃな。特に明日は、歩かんほうが良いぞ。」

と言うと、いそいそと自分のうちに帰って行きました。

 左こぶ爺さんは、人付き合いは悪いながらも、村祭りの盆踊りくらいには参加したいものだと、「風の盆」の一応の手足の動きはおぼろげに覚えていました。

「わしだって、踊りくらい・・・」

と思わず口走りながら、夢中で手足を動かしていました。

 左こぶ爺さんのうちのほうから、ドスドスと足を踏み鳴らすような小さな音が聞こえてきたとき、右こぶ爺さんは得心の笑みを浮かべました。

「左こぶ爺さん、無駄な努力というものじゃ。しかし、わしのかわりに行ってくれればありがたい。せめてもの餞別じゃよ」

とひとり言のようにつぶやくと、山で赤鬼にダンスを披露したときに着ていた派手目の野良着を、通りに面した物干しに掛けておきました。

 やがて寝付いた右こぶ爺さんは、色々な夢を見ました。・・・一本のわらしべ資産から始めて、リスクの高い投資を繰り返した結果、最後には庄屋の地位を手に入れる男の話、全資産たる編み笠を地蔵に寄贈する無謀な戦略が、ブランド価値を劇的に向上させ、年越し用品資産となって奏功する話、成長性を信じて小さいつづらを選んだ結果、大きなリターンを得た男の話・・・人生の投資家に対するインプリケーションに満ちたストーリーに、いつしか右こぶ爺さんの寝顔は安らかになっていきました。

(つづく)

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