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超短編小説

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完璧な三日坊主

 それは、ある年の元旦に、僕たちが都心にある由緒正しい神社で初詣をした後で、長い参道の砂利を踏み締めながら並んで歩いていたときのことだった。 「この世界に、完璧なものってあるのかな」  彼女が唐突に尋ねた。 「それは『完璧な』の定義によるんじゃないかな」  僕は、質問の意図を図りかねて、無難な答えを返した。 「…つまり、『完璧な』の意味をどうとらえるかで、答えが変わるってことね」  しばらく沈黙が続いた。長い参道を歩いているうちに僕は、社会人になった年に3か月だけ

東京メトロの掲示文――山田君の憂鬱

山田「中村課長、貼り紙の文面は、こんな感じでいいですか?」 警 告!  この場所において、座わり込み・寝そべる事を禁ず。  許可無く荷物等を放置した場合は撤去いたします。                       駅 長 中村課長「山田君。どうして、『座り込み』と『寝そべる事』を並列にしているのかね?名詞の構造が対応していないじゃないか。『座り込み』は、語尾を『こと』にしなきゃねえ…。それに、形式名詞の『こと』と形容詞の『なく』は、普通はひらがな書きにするものだよ。

コアラ日和

 僕が社会人1年目の頃。同い年のガールフレンドと、買ったばかりの中古のカローラに乗って鎌倉までドライブすることになった。 「私、コアラが好きなんだ。なんか、ボーッとしてて、フワフワあったかそうで……」  環状八号線から第三京浜に右折するときに、運転している僕の横顔に向かって彼女が言った。それまでが、どんな話の流れだったのか、もうすっかり忘れてしまったけれど。 「ああ、そうだね。コアラは安心して近寄れそうだもんね」  僕は、ハンドルを切りながら、前を見たままで応えた。

持たせ切り(公開予告風)

 40代最後の夏を迎えた鈴木は、電車の中でふと思い出した小説タイトル「粗にして野だが…」をきっかけに、学生時代の記憶に沈潜する。かつて、電車の改札口では、駅員たちが匠の技「持たせ切り」の技を競っていたことを思い出す。井の頭線にも「持たせ切り」の巧みな技を披露する一人の駅員がいたが、鈴木はその技の背後に、ある特殊な法則性があることに気づく。  改札鋏の謎を追ううち、関係者のだれもが口をつぐむ「幻の改札鋏」の伝説に導かれた旅の中で、志を同じくする仲間たちとの出会いと別れ...改

持たせ切り

 電車のシートに座った瞬間に「粗にして野だが卑ではない」というタイトルが頭にいきなり浮かんできた。時代劇映画のタイトルだったような気がするが正体を思い出せず、wikipedia で調べたところ、国鉄総裁だった石田礼助をモデルにした、城山三郎の作品だった。  国鉄総裁と言われても若い方はピンとこないと思うが、民営化前のJRは日本国有鉄道、略して「国鉄」と呼ばれていたのだ。そのほか、JTの前身が日本専売公社、NTTになったのが日本電信電話公社であり、かつて日本には3つの公社(国